弘法大師(空海)が開いた高野山に至る道、国道370号。和歌山県九度山町の南海九度山駅付近を過ぎると、370号は右に左にとカーブが連続する。かつて和紙の産地として栄えた古沢を過ぎると、やがて険しい山間に民家が点在する笠木の集落が見えてくる。慈尊院の高野政所(九度山)から、高野山へ参詣する際の、休息地… 続きを読む
ヨーロッパ調のデラックス車としてもてはやされ、1961年(昭和36)7月5日から84年(昭和59)9月16日までの23年間走り続けた2代目座席指定特急こうや号。アーカイブス17回目は、橋本駅(和歌山県橋本市)から、このこうや号に乗って、終着駅極楽橋まで行ってみよう。 私が南海電鉄の許可を得て、腕章を… 続きを読む
和歌山県橋本市の「橋本の紀ノ川鉄橋三景」(前回)に続いて16回目の高野線アーカイブスは、鉄橋をゆっくりと渡る電車の車窓からも見える風景三景を選んでみた。 写真上は、紀ノ川の河原に干すシール織物で、1970年(昭和45)12月の撮影。織物業界の景気がよかったことを象徴するかのように、天気のよい日には、織… 続きを読む
極楽橋(和歌山県高野町)行きの電車が橋本駅(同県橋本市)を出ると、まもなく大きなカーブになり、長さ217・3メートルの紀の川の鉄橋を渡る。正しくは紀の川橋梁というが、以下ここでは鉄橋を使う。鉄橋の架設工事は1922年(大正11)2月1日着工、24年(大正13)11月1日に橋本―学文路間が開通した。 高野線ア… 続きを読む
高野線アーカイブス14回目は、54年前の橋本駅東の踏切(和歌山県橋本市)に触れてみたい。 当時、通学路にもなっていた狭くて見通しの悪い踏切には、遮断機や警報機はなく、「踏切注意・一旦止れ」と、なぜか「RAILROAD」「CROSSING」と英字で書かれたX形の看板が立てられていたが、いつ事故が起きて… 続きを読む