南海高野線アーカイブス8回目は、1970年代、橋本市小原田の瀬間滝付近を走る通勤電車(写真上)と、座席指定特急「こうや号」(写真中)、そして、とくにこのあたりの車窓から眺めることができた互工場の様子(写真下)に触れることにしよう。 このシリーズ4回目でも紹介したが、こうや号は4両固定編成で、全長70・9… 続きを読む
高野線の複線化工事が進む中、1994年7月21日、高架になった御幸辻駅下りホーム(176メートル)が完成した。南海電鉄や工事関係者ら約200人が見守るなか、午前5時25分、一番電車が到着。わずかな停車時間に列車出発式が行われた。社員の家族である小学生から、運転士と車掌に花束を贈呈。鉄道事業本部次長ら… 続きを読む
南海高野線アーカイブス6回目は、前回に続いて御幸辻駅の写真を見ていただきます。その前に、御幸辻駅ができるまでの経緯について、少し触れておきましょう。高野線開通当時は、高野登山鉄道といい、当初の線路敷設の設計では、紀見峠駅から慶賀野の戎神社前を通って胡麻生に入り、相賀八幡宮付近に駅をつくり、さらに小… 続きを読む
南海高野線アーカイブス5回目は、1915年(大正4)3月11日に開業した御幸辻駅の駅舎。御幸辻駅は、高野山に詣でる天皇行幸の道が通っていたことから、駅名になったのですが、開業当時は、高野辻駅と呼んでいました。ところが、全国各地から高野山参拝に訪れる乗降客の中に、高野辻駅を高野山への下車駅と間違えて降… 続きを読む
4回目の南海高野線アーカイブスは、単線時の1971年(昭和46)11月26日に撮影した紀見峠~御幸辻間を走る、今はなき電車をご覧ください。 写真(上)は、1957年(昭和32)に流線形で登場した21201系電車。旧型車両の機器を整備、再利用して、新造車体と組み合わせたもので、性能は旧型そのものだった。 … 続きを読む