南海高野線はその名の示すように、真言密教の聖地・高野山への参詣者輸送を目的に1898年(明治31年)1月、今の堺東~狭山間で運転が始まり、さまざまな経緯を経て1915年(大正4年)3月11日、橋本まで開通。極楽橋までは昭和になった1926年2月21日に全通した。 写真(上)は、大阪、和歌山府県境のト… 続きを読む
和歌山県橋本市御幸辻に住むフォトライター・北森久雄さん(73)は、南海電鉄・高野線の電車と沿線の歴史を、半世紀にわたりカメラで撮り続けてきた。昭和の高度経済成長期にできた「林間田園都市駅」や、周辺の巨大ベッドタウン、平成の観光列車「天空」が、悠々と紀ノ川鉄橋を渡る姿など、その折々の光景を切り取ってき… 続きを読む
太平洋戦争末期、米軍機の機銃掃射を浴びて市民4人が死亡、その弾痕が残る和歌山県橋本市古佐田、JR橋本駅の倉庫の板壁が、近く同市立丸山公園内に移設、保存されることになった。駅舎のバリアフリー化工事に伴い、倉庫が取り壊されることになったため、橋本市傷痍(しょうい)軍人会(阪口繁昭会長)が板壁の譲渡を要望。JR… 続きを読む
橋本市の社会福祉法人・児童養護施設「六地学園」の子どもたちを励まそうと、橋本商工会議所は6日、同市市脇の橋本商工会館で開く「はしもとアウトレット こんなんでました市」会場に募金箱を設置。午前10時~午後4時、「あなたも虎になれ!」とキャンペーンを繰り広げ、来場者に協力を頼む。同会議所はオリジナルスト… 続きを読む
橋本市文化協会長、新世紀美術協会員、日本美術家連盟会員、元橋本絵画同好会長 「彼女の作品は、断然、裸婦が素敵」と評判。小学校時代から授業中、よくノートに教師の似顔絵や、窓外の風景を描いていた、根っからの絵画好きだ。和歌山県立伊都高校美術部では、もっぱら石膏デッサンに没頭。基礎を身につけた。家庭… 続きを読む