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連載「橋本を彫る~巽好彦の世界~」その②

《東家の四ツ辻》
江戸の昔、高野詣りやお伊勢詣りの盛んな頃、この四ツ辻は人の往来で大賑わいであったという。右の建物からは、紀伊名所図会に描かれたこの辻の風景がしのばれる。辻角に立てられた道標だけが、今もそ知らぬ顔で、その歴史を見ながら立ち続けている。角のお酢やさんも、商いをしまわれて久しい。開かれた戸口から、店先をのぞいて見れば、まだ当時のままの大きな樽が残されていて、よき時代の商家の名残をとどめていた。そのお酢やさんも、平成7年には、姿を消している。
《三軒茶屋跡》
高野街道・紀の川の渡し場跡。高野参詣の人々が数多く往来し、今も三軒茶屋の名の残る地に立つ常夜燈。旅人たちは、どんな思いで、眺めて通っただろうか。その台石には、数多くの寄進者の名前が刻まれ、お大師さんを慕う心、人々を照らす心が伝わってくる。私はぜひ、この常夜燈に火がともされ、紀の川を照らす姿が見たいと願っています。
《紀の川沿いの家並み》
変らぬようで変ったものは紀の川。真夏の炎天下で泳ぐ子供の姿は今はない。少年の頃、終日水とたわむれていた私には、川底の大きな石の在りかまでわかる。筏(いかだ)流しの材木につかまって、紀の川を下った昔は、何よりの思い出である。江戸の昔、和歌山から川舟に載せられ運ばれてきた塩。塩市が立った賑わいは、知るよしもない。塩が陸揚げされた場所は「バンドコ」といって、この家の下であったという。その風景も今は街の再開発事業で、影をとどめていない。
(木板画・文=日本板画院同人・巽好彦さん)
写真(上)は東家の四ツ辻。写真(中)は三軒茶屋跡。写真(下)は紀の川沿いの家並み。


更新日:2013年1月2日 水曜日 09:50

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