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古佐田・地車「さよなら」~新旧交代〝昇魂式〟

    橋本・古佐田の地車〝昇魂式〟で記念撮影する若衆たち(橋本駅前)
    橋本・古佐田の地車〝昇魂式〟で記念撮影する若衆たち(橋本駅前)
    橋本・古佐田の地車〝昇魂式〟で記念撮影する若衆たち(橋本駅前)
    橋本駅の周辺で古佐田の地車を曳行する若衆たち
    橋本市の〝西の踏切〟付近を行く古佐田の地車
    橋本市の〝西の踏切〟付近を行く古佐田の地車

和歌山県橋本市古佐田区の若衆が、約60年間にわたって曳いてきた地車(だんじり)に別れを告げる「昇魂式」が12月4日、地元のJR南海・橋本駅前で営まれた。この地車は幕末・明治初期に新造された〝逸品〟だが、老朽化のため曳行が危険になり、引退することになった。森繁美区長は「残念だが、この上は新旧交代、致し方ない」と語った。
この地車は堺型、曳き式、二枚屋根(折りたたみ)で、堺の地車大工が造ったと推定され、彫物師は不明。大屋根や小屋根は、鳳凰(ほうおう)、瑞雲(ずいうん)、龍、唐獅子、後三枚板などは〝三国志〟や波に千鳥、鹿、唐獅子、獏、馬、象などの彫刻が施されている。昭和26年(1951)、当時、地元青年団の副団長だった森区長の父や、青年団長だった元区長の阪口繁昭さん(83)ら数人が相談し、奈良県五條市内から購入。毎年、秋祭りには曳行して、胡麻生・相賀八幡神社に宮入り。親から子、子から孫へ、3代にわたって受け継がれてきた。
しかし、地車の柱の重心がぐらつくなど、危険性も出てきたため、この地車の曳行は、今年限りで、断念することにした。かわりに堺市片蔵から平成3年(1991)に新造された堺型地車を購入。来年4月29日、〝入魂式〟を行い、秋祭り以降、曳行する予定。
〝昇魂式〟の日、つまり4日の日曜日の朝、橋本駅前に地車を出し、約70人の男女若衆が集合。駅前の商店街や、駅の南北の道路、紀ノ川沿いの国道24号、古東橋、西の踏切、東の踏切など、地車にとっては大切な〝思い出の道〟を曳行した。
この後、再び、地車を橋本駅前に止め、若衆らが居並ぶ中、胡麻生八幡神社の鈴木千鶴子宮司が、うやうやしく昇魂の儀式を行った。最後に地車を東の踏切わきの地車小屋に戻した若衆らは、涙をこらえ、しみじみと地車との別れを惜しんだという。
森区長は「私が生まれた年に、父が地車購入にかかわり、その地車を私も曳いてきましたから、それに終止符を打つのは、しのびがたいです。ただ、老朽化のため危険性もあり、評議員や町内会役員の方々と相談のうえ、地車売却の方針を決めました。地車は地域をまとめる力があるので、来春、やってくる地車で、盛り上がってほしいです」と言っている。

更新日:2011年12月5日 月曜日 22:14

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