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令和人、弥生舞台で盆踊り♪旧・橋本小~市民楽しく

はるか昔の祖先の暮らしにタイムスリップできる、和歌山県橋本市東家の旧・橋本小学校グラウンドで、8月4日夜、令和初の「東家しんし会・盆踊り」が行われた。この旧・グラウンドには、弥生人の住居跡や、中世の武家屋敷跡が埋まっており、大勢の善男善女が、その歴史的な舞台で、ゆったりと踊りながら、楽しい夜を過ごし、遠い先祖を敬った。
橋本小学校は平成26年(2014)春、橋本中学校に統合され、校舎は撤去。グラウンドの一部とメタセコイヤの巨樹は残された。
そのグラウンドでは、前年の発掘調査で、弥生・古墳時代の竪穴住居(たてあなじゅうきょ)跡、方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ)、南北朝時代の中央派遣武士の要塞・東家館(とうげやかた)」跡と判明。今は埋め戻されている。
今回、地元住民有志でつくる「東家しんし会」は、グラウンドの巨木・メタセコイヤ付近に令和初の櫓(やぐら)を組み立て、そこから四方に沢山の提灯(ちょうちん)をぶら下げた。
櫓の上からは「やっちょんまかせ」「河内音頭」「炭坑節」など、次々と音頭が流れ、ゆかた姿の老若男女は二重、三重の輪になって、賑やかに、しなやかに盆踊りを繰り広げた。
この歴史的な舞台は、6年前の発掘調査の後、新聞・テレビで詳しく紹介された。
それだけに踊り子の中には、「ここでは弥生時代から無数の人々が暮し続けてきた。昭和・平成の子供たちも、ここで思いっきり遊び、今は令和初の盆踊りを楽しんでいます」と語り、先祖に感謝する人たちもいた。
メタセコイヤの空には、美しい三日月が光る。子供たちは親御さんに見守られながら、必死で手足をおどらせ、ゆかたの袖が夜風に吹かれていた。
写真(上)はまだ明るいうちから踊り始めた「東家しんし会・盆踊り」の風景。写真(中)はゆかた姿も艶やかに音頭に乗る踊り子たち。写真(下)は子供たちも踊りの輪に入り楽しいひとときを過ごした。


更新日:2019年8月5日 月曜日 00:00

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