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寳來山神社で正遷宮奉祝祭♪10月浦安の舞など多彩

奈良・平安貴族の和気清麻呂(わけのきよまろ)公が勧請(かんじょう)したと伝わる和歌山県かつらぎ町萩原56の寶來山(ほうらいさん)神社の修復・造営事業が完了し、10月15日(土)、「正遷宮奉祝祭(しょうせんぐうほうしゅくさい)」が執り行われる。また、同奉祝祭を控えた10月8日(土)には、地元自治区による「幟(のぼり)上げ・砂持(すなもち=玉石)奉納」が催され、同奉祝祭翌日の16日(日)にも恒例の「寳來山神社・秋祭り」が行われる。森和弘(もり・かずひろ)宮司は「御造営を終えた神社に、神様がお戻りになり、それをお祝いする20年に1度の儀式です。多くの皆様とともに御礼の気持ちを捧げたい」と言っている。
社伝によると同神社は、和気清麻呂公が八幡宮を勧請(かんじょう)し、光仁天皇の寶亀年間(770~780)に創建された。神社周辺は京都の神護寺(じんごじ)の荘園「桛田荘(かせだのしょう)」だったが、戦国時代に勢力混沌(こんとん)、支配困難になり、高野山と関係を深め「寶來山神社」と呼ぶようになったという。
今回、国の重要文化財の本殿4棟と、その両側に建つ県指定文化財の脇社殿各1棟の、檜皮(ひわだ)屋根の葺き替え・朱塗りの外観塗装をはじめ、幣殿(へいでん)や両部鳥居(りょうぶとりい)、玉垣などを修復。社務所、小宮5社、木製灯籠(とうろう)21基、手水舎(ちょうずしゃ)、男女トイレ計4器、駐車場(19台)を新造した。
正遷宮奉祝祭は、前夜に神様に謝意を表す「遷座祭(せんざさい)」を行った後、15日午前10時30分から開始。初めに氏子総代や地元区長ら造営委員、造営業者ら参賀者約300人の心身を清める「修祓(しゅうばつ)の儀」、本殿の「開扉(かいひ)の儀」、米、酒、餅、魚、海藻、野菜、果実などを供える「献饌(けんせん)」がある。
また、森宮司や神社庁の神官(県代表)による「祝詞奏上(のりとそうじょう)」、同神社御造営委員会の島元昌廷(しまもと・まさのぶ)会長から造営関係者や高額篤志寄付者への「感謝状贈呈」、地元中学生7人による「浦安(うらやす)の舞奉納」がある。
綺麗な巫女(みこ)姿の生徒たちが、楽士6人による笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)、太鼓、鉦などの音曲にのせて優雅に舞う。来賓による玉串奉奠(たまぐしほうてん)、お供え物をさげる「撤饌(撤饌)の儀」で締めくくられる。
「幟上げ・砂持奉納」(同町笠田中自治区=柳澤一好(やなぎさわ・かずよし)区長=主催)は、10月8日午前9時30分、町内10自治区代表がそれぞれ「正遷宮奉祝祭」の幟を竿に飾り、同神社南150ルーメートルの御旅所に集合。神社まで練り歩く。さらに地元の小学生約50人が、神域に玉石を奉納して祝う。
「寳來山神社・秋祭り」は、10月16日正午、七福神を乗せた宝船が、JR和歌山線・笠田駅前を出発。約1・5キロメートル先の同神社まで、旧大和街道を引綱で曳航。その後ろに稚児行列、さらに地元女性たちが、踊って練り歩くことになっている。
いずも古き良き時代を感じさせる慶賀の趣(おもむき)に満ちており、森宮司は「もちろん境内や沿道は、氏子ら地元住民でいっぱいになりますが、とても素晴らしい光景が見られると思いますので、ご遠慮なくお越しください」と言っている。
同神社は京奈和自動車道・かつらぎ西ICから車で南西方向へ5分程度のところ。問い合わせは同神社・社務所(電話=0736・22・3734)。
写真(上、下)は綺麗に修復された鳥居や本殿の光景。写真(中)は森宮司が見守る修復工事中の寳來山神社の社殿の屋根。

更新日:2016年9月11日 日曜日 00:00

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