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珍品「大将柿」の干し柿~四郷の頭根さん初出荷へ
和歌山県かつらぎ町広口の柿農家・頭根英之(とね・ひでゆき)さん(67)は、裏山で育てた珍しい通称・大将柿(たいしょうがき)を天日干し、今年初めてパック入りで「大将干し柿(たいしょう・ほしがき)」として、県内の産直市場に出荷する。頭根さんは12月3日「この大将柿は父親から受け継いだ重宝なもので、他に栽培農家を知りません。とても甘くておいしいので、柿愛好家に味わってもらうことにしました」と話した。
頭根さんは、和歌山県伊都振興局の農業改良普及センター長や、那賀振興局の産業振興部長などを歴任し、約6年前に定年退職。今は自宅裏の鬼虎山(きとらやま=標高約300メートル)の柿畑2万平方メートルで柿栽培している。
もともと大将柿の木は、鬼虎山中腹の頭根さんの旧屋敷内にあり、頭根さんが子供の頃、父・保夫(やすお)さん(故人)から「この大将柿は、俳人・正岡子規(まさおか・しき)も味わった柿」と教わった。また、「大将柿を食って、大きな人物に、なるんやぞ」と励まされた。
確かに大将柿は、富有柿(ふゆうがき)や平核無柿(ひらたねなしがき)と違い、ドングリを大きくしたような、昔風の背丈の高い形状だが、子規の俳句「柿くへえば鐘が鳴るなり法隆寺」の柿は、御所柿(ごしょがき)とされているので、「大将柿を食った」という証拠はどこにもない。
それでも、頭根さんにとっては、父との思い出の深い柿。10年前に父が他界した後、この大将柿の枝を、既存の平核無柿(ひらたねなしがき)30本の枝に、次々と高接(たかつ)ぎしてきた。今では大将柿の原木は、旧宅とともに撤去したので、存在しないが、高接ぎした大将柿が毎年、鈴なりに実る。頭根さんは、これを干し柿にして、親類や友人知人にプレゼントしてきた。
それが「とても甘い」とか「見場がいい」などと好評なので、「いっそのことブランド商品として売り出そう」と決意。頭根さんは、妻の恭子さん(62)とともに、今年初めて、コンテナ50杯分・約7500個)を収穫し、1本の紐(ひも)に12個の柿をつないで天日干し。30日~50日後には黒っぽく縮み、粉を吹いた大将柿を5、6個ずつパック詰めにした。
近く和歌山市など県内や大阪府南部にチェーン店を持つ岩出市内の大型産直市場に初めて出荷することになっている。
頭根さんは「この大将干し柿は、硫黄燻蒸(いおうくんじょう)で、美しくするようなことはせず、天日干しで仕上げた、自然のままのものを発売します。飾り気はありませんが、秋日を吸収した、甘くて柔らかい、大将柿本来の味を楽しんでもらいます」と張り切っていた。
写真(上)は珍しい大将柿を収穫する頭根さん。写真(中)は大将柿の天日干しをバックに新発売の「大将干柿」を披露する頭根恭子さん。写真(下)は天日干しされた大将柿。