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橋本の社皇神社で復活祭~ハープ演奏や舞踊奉納

平安時代に創建されながら、明治末期に神社合祀令が出されて以降、ひっそりと忘れ去られてきた和歌山県橋本市清水の社皇(しゃこう)神社で、9月1日、同神社の再興を願う「社皇神社 復活祭」が初めて営まれ、ハープ音楽や舞踊などを奉納した。主催した広告デザイナーの関根智典さん(53)は「皆さんに社皇神社への愛着を深めていただいた」と感謝し、「今後も復活祭を開きたい」と、同神社の〝鎮守の杜〟復活を祈っていた。
社皇神社は、緑の国城山や紀の川が流れる、山河に恵まれた旧街道沿いにある。伝承によると、同神社は平安時代に建立。祀られていた神様が、橋本市市脇の相賀(おうが)大神社の神様と姉妹関係にあり、紀州藩が江戸時代に編纂(へんさん)した「紀伊続風土記」にも紹介されている、由緒ある古社の一つ。
ところが明治時代、神社を整理統合する「神社合祀令」が出されて以降、同神社は個人所有とされ、宮司はいない。今は、こじんまりとした社殿は残っているものの、伝統的な神事は次第に途絶えてしまった。
昔は高野山詣でや、熊野詣でなど、多くの旅人が街道を行き交い、同神社に立ち寄っては、旅の安全、家族の安泰などを祈ったに違いない。
関根さんは北海道出身。茨城県笠間市でレストランを経営していたが、平成23年(2011)3月の東日本大震災に遭い店舗が半壊。同年8月に奈良市へ移住した。
たまたま仕事で知り合った社皇神社の所有者である豊島あき子さん(64)が、同神社の衰退に、心を痛めていることを知った。大震災に遭ったことで、神々への思いを深めていた関根さんは、豊島さんとともに、「何とか昔のように、鎮守の杜として、再興できないものか」と相談し、思い切って復活祭を企画。地元住民や親交のある音楽家の協力を得て実現したという。
この日、木下善之・橋本市長や、畑野富雄・橋本商工会議所会頭、市議会議員、地元住民ら約100人が参加。相賀大神社宮司が恭(うやうや)しく祝詞をあげ、参加者らが次々と玉串を奉てん、神社再興を祈った。
この後、濱口富子さん(大阪府熊取町)がハープ演奏、水野永子さん(京都府城陽市)が舞踊、さらに別の奏者らが三味線、マンドリン、竜笛などを演奏奉納した。また、陶芸品や野菜の青空市も開かれ、参加者らは改めて、古き良き時代の、鎮守の杜のたたずまいを、深くかみしめていた。
豊島さんは「私一人では、このようなイベントは、できませんでした。とても寂しい神社になり、神社を預からせてもらっている私としては、とても心苦しかったのですが、これで、胸のつかえがなくなりました」と喜び、関根さんは「私は、大震災の後、周りの人々や自然に、感謝する気持ちが強くなりました。社皇神社が昔のように、多くの人々の祈りの場になると、素晴らしいと思います」と語った。
写真(上)はハープ演奏と舞踏を奉納する濱口さんと水野さん。写真(中)は緑に囲まれた社皇神社の社殿。写真(下)は玉串を奉てんする木下市長や参加した皆さん。


更新日:2013年9月2日 月曜日 07:19

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