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平和の鐘鳴らし~戦争体験3人講話~真土・極楽寺

終戦記念日の8月15日、和歌山県橋本市の橋本ユネスコ協会(辻本徹会長)主催の恒例行事「平和の鐘を鳴らそう」が、同市隅田町真土の浄土真宗「極楽寺」(有沢晃暁住職)で行われた。
有沢住職が読経。訪れた大勢の善男善女が、一人ひとり鐘楼に登り、撞木の紐を引っ張って、梵鐘を撞き、戦没者の冥福と世界平和を祈った。
この後、本堂で兵役体験のある80代の3人の講話があり、約50人が聴講。先ず、満蒙開拓義勇軍でソ連の捕虜となり、シベリアに抑留され、九死に一生を得て帰国した阪口繁昭さん(85)が、橋本駅・空襲について調査し、判明した犠牲者6人の〝追悼の碑〟を地元の丸山公園に建立するまでの経緯を説明。「ピース大阪で調べたところ、B29の大阪・空襲を偵察した艦載機が、帰還途中、橋本駅構内にドラム缶(松根油入り)を満載した貨物列車を目撃、機銃掃射を浴びせたらしい」「「6人の犠牲者のほか、お母さんの背中で血まみれになった子どもがいた、という証言がありますが、その消息はいまだに不明です。情報があればお願いします」「追悼の碑は、亡き戦友が〝阪口、犠牲者を弔ってやれ〟と耳元でささやくので、皆さんのご協力を得て建立しました」と話した。
次に元・橋本市長で元・橋本ユネスコ協会長の北村翼さん(86)が「私は昭和20年6月に東北57部隊に入隊。間もなく〝陸の特攻隊〟として青森県弘前市で終戦を迎え、運よく命拾いしました」「橋本駅の犠牲者の一人は、私と同じ伊都中学生で、登校途中、プラットホームの私の目の前で、銃弾に倒れました。戦争など二度とあってはなりません」と強調した。
さらに、陸軍航空通信隊の経験者である地元の上野茂さん(86)は、自分の出征時、隅田八幡神社で「ああ十七歳の若櫻」と書いて、親しい人たちが寄せ書きしてくれた国旗を披露。「私たちは戦艦大和の護衛もしましたが、あの戦争では多くの戦友を亡くしました。日本、いや世界中が、戦争のない共存共栄の社会をつくらなければなりません」と訴えた。
最後に同協会の後藤加寿恵・事務局長は、国家が徴兵する、当時のいわゆる赤紙(召集令状)のカラーコピーを全員に配布。「きょうは大勢に参加していただいて、とてもよかったです」と謝辞を述べていた。
この行事は、同協会が1990年から始め、毎年、終戦記念日に開催、今年で24回目。市内の鐘楼のある神社仏閣をめぐり、参加者の「鐘撞き」と、戦争体験者による「講話」を続けている
写真(上)は極楽寺の鐘楼で、梵鐘を鳴らす子供たち。写真(中)は阪口さんの講話を熱心に聴く皆さん。写真(下)は〝陸の特攻隊〟経験を話す元・橋本市長の北村さん。

更新日:2013年8月15日 木曜日 15:30

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