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紀ノ川畔に〝犬ふぐり〟咲く~橋本〝学びの森〟

「今朝は氷点下8度の寒さでね。氷柱(つらら)の寺院が撮影できるかと思って、高野山へ登ってきたが、雪も、氷柱も、何もない。もう下山するよ」。
高野山麓の、和歌山県橋本市恋野の、カフェ&ギャラリーで、朝食兼昼食をいただいていたら、フォトライター・北森久雄さんが、携帯電話でそう言う。
「残念ですね。氷柱の素敵な写真があれば、読者の皆さんに紹介できたのにね」。電話を切った後、カフェ&ギャラリーのガラス戸の外を見ると、庭には春光が差している。
飛び石は乾いていて、龍の髭(ひげ)は青いし、鉢植えの洋花は瑞々しく、まばゆいばかりの風に揺れる。その向こうの軒下では、1匹のネコが転げまわっている。
この日差しでは、高野山の気温も急上昇。「やはり、氷柱の写真は、とても無理」と、うなずけた。
そこで、私は、その日の午後、橋本市向副の紀ノ川河川敷の「ふるさと学びの森」へ行きたくなった。そこには、医師で県自然保護監視員の田中治さん(85)が植栽した、約350種類の木々が、深い森をなしている。
今はもう立春から幾日…。高野山で氷柱の風景が見られなかったのなら、逆に、この森には、春の光景が顕れているかも知れない。そういう淡い衝動からであった。
森に入る。森の道は、遠いほど細く見え、遠近法を使った水彩画のようである。ただ、道の両側の木々は、ほとんどと言っていいほど、枯葉を脱ぎ捨てた、裸木ばかり。川面をわたってきた風は、耳に冷たく、いとも簡単に森を吹き抜けていく。
「ああ、まだまだ冬か」「去年は、春の雪が降った」「さもあらん」などと、ぶつぶついいながら歩く。すると足元で、老眼の目に、かすかに見えたのは、金平糖(こんぺいとう)のような小さな花である。
ひざまずいて、メガネをかけて、目を近づけると、それはまぎれもなく早春の花〝犬ふぐり〟であった。それこそ「小さな春、見いつけた」と、我ながら有頂天になって、その寸法がわかるように、指を添えて、写真に収めた。
犬ふぐりは、まだまだ少ないが、森の道では、春の草々が萌え始めている。なるべく、踏まないように、一番奥まで行くと、全体の黄色っぽい木が見えてくる。近づくと、これも早春の花、蝋梅(ろうばい)であり、蝋(ろう)で作ったような花が、無数に咲いていた。蝋梅の向こうの空では、白い雲が走り、走ると蝋梅まで走って見え、心地よいめまいさえ覚えてしまう。
戻る途中、裸木になった椋(むく)の木に出会う。少年の頃、自宅近くで、拾って食った椋の実の甘さを思い出す。しかし、枝には一粒も残っていないし、根元は腐葉土に変わりつつある枯葉だけ。そのとき、後ろの方で、ピーピーと鵯(ひよどり)が鳴いたので、こいつらが全部たいらげたと、すぐに見当がついた。さあ、きょうも仕事、取材、取材…。
犬ふぐり時々川の風わたる
雲はしる蝋梅はしる雲はしる
(水津順風)
写真(上)は〝ふるさと学びの森〟の道に咲いた犬ふぐり。写真(中)は満開の蝋梅。写真(下)は〝ふるさと学びの森〟。


更新日:2012年2月11日 土曜日 08:08

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