ニュース & 話題
紀北路に早くも鰯雲~初秋、下界はむんむん
めがね拭う空一面の鰯雲 (水津順風)
特別養護老人ホームの玄関を出ると、西空一面に鰯雲(いわしぐも)が広がっていた。和歌山県橋本市の橋本カントリークラブの山上の空である。連日、うだるような暑さがつづき、「立秋とは名のみ」と思っていたが、天空は早くも初秋のかたちを表わしている。
妻の食事介助を終えて、ベッドに寝かせて、大好きな鮫島有美子さんのCDをかけて、安らかな表情を見届けて、静かに出てきた。すると蒸し暑い外気。メガネをハンカチで拭うと、なんとまあ、きれいな鰯雲の空があった。
歳時記では、鰯雲を鯖雲(さばぐも)、鱗雲(うろこぐも)とも言う。この雲が出ると、鰯がよくとれ、雲は鱗のようでもあり、鱗の1枚一枚は鯖のようでもあるので、そう呼ぶという。もちろん、俳句では、秋の季語なのである。
この3年余、この施設に通い、今年「1月1日」と、日付入りで、サインした日が、まるで昨日のよう。すでに、冬が過ぎ、春が過ぎ、はや夏までも…といった感である。ぼおーっとしていると、「いゃー、暑いですねえ」「ご苦労さまです」と、足早に職員らが帰宅を急いでゆく。
私もマイカーで約10分の自宅へ戻り、夕刊とパソコンを抱えて、行きつけの居酒屋へ。白壁の町家が多い旧大和街道を行くと、「やあ、暑いねえ、晩飯かい」と声がかかる。「いやはや、料理ができないもんでねえ」と頭をかく。
この街道の空にも、鰯雲がおおっていて、「もう、鰯雲が出てますよ」と、空を指差すと、玄関先に水をまいていた年配の方が、「うわー、ほんまや。こんなに暑いのになあ」と、鰯雲を見上げた。
居酒屋では、阪神・中日戦のテレビ中継の真っ最中。マスターは巨人ファンなので、今夜はまるで無関心。それに引きかえ、阪神ファンの女将(おかみ)さんは、「しっかりしてよ」と熱狂的。カウンターでは、若い会社員が「節電で、扇風機を回すけど、書類がとんで、仕事にならへん」とぼやく。
私はそれを横目に、夕刊を読んだり、パソコンを点検したり。晩飯は、鱧(はも)ちり(2000円)と雑炊で、生ビールと芋焼酎をいただいた。そして、帰りがけに女将さんはいう。「あんねえ、うっとこ(うちの店)、15、16日は休みやで」。
そういえば、朝食を作ってくれるお店は、12日から16日まで休み。もう1軒の居酒屋は15日から18日まで休み。「参ったなあ、盆正月というのは」と呟きながら帰る。月明かりの空には、まだ、鰯雲が残っていた。おい、いい夢を見ているか…。