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紀ノ川に「学びの森」完成~医師15年がかり

    「学びの森」で多羅葉の木について説明する田中さん
    「学びの森」で多羅葉の木について説明する田中さん
    「学びの森」で多羅葉の木について説明する田中さん
    書いた文字が後で浮かび上がる多羅葉の葉
    紀ノ川・鉄橋の向こう側に「学びの森」ができている
    紀ノ川・鉄橋の向こう側に「学びの森」ができている

和歌山県橋本市向副を流れる紀ノ川の河川敷に、420種類の木々が鬱蒼(うっそう)と茂る森がある。同市隅田町中下の医師、田中治さん(85)が、約15年がかりでつくりあげた「ふるさと学びの森」だ。最近では、地元だけでなく、大阪府河内長野市や奈良県五條市からも、家族連れらが観察をかねて遊びにくる。田中さんは「人間と植物との共生の大切さを知ってもらえれば」と、森への訪問をすすめている。
田中さんは内科の開業医。少年時代、ボーイスカウトで、先輩から植物の大切さを教わったことから、医学のほかに植物の研究にも傾注した。ついには、和歌山県自然保護監視員に任命され、橋本市内の山々を歩き回ることに。そのうち、多くの市民から、「山林案内」を頼まれるようになった。「いっそのこと、1ヵ所で、木々が観察できたら…」と考え、国の許可を得て、河川敷に人工の森づくりを始めた。
木々の苗は、同市恋野の「中将姫旧跡保存委員会」や、市民からの寄贈も受けて、植林をすすめ、知り合いの元銀行員、山下紘一さん(59)に、水遣りや下草刈りなどを手伝ってもらいながら、育ててきた。
その広さは約1ヘクタール。木々の数は420種類420本。たとえば「多羅葉(タラヨウ)」
という木。これは別名「葉書の木」とも呼ばれ、葉の裏に、折った小枝や、とがった石で、文字や絵を書くと、しばらくして、絵や文字が黒く浮かび上がるという珍しい植物。奈良時代には、とくに墨や硯(すずり)、和紙が貴重だったため、人々はこれを「葉書」とし、僧侶は写経などにも使ったらしい。
紀州の偉人・南方熊楠がこの植物を愛し、植樹祭を控えた田辺市からの依頼で、田中さんは多羅葉100本をトラックで届けた。橋本市内では、隅田、恋野小学校や県立橋本高校、学文路郵便局の庭などに植樹。恋野地区の福王寺境内では、玉川峡から移植した多羅葉が高さ約13メートル、直径約50センチに育っている。
また、「アーモンドの木」は、高さ約5メートル、直径約10センチ。実が割れると、その中に種があり、その種を割った中に、アーモンドが隠れている。常葉高木の「サイカチ」は、枝々に鋭いトゲがあるが、若葉は食用に、豆果は石鹸の代用になる。さらに、「水芭蕉(ミズバショウ)」や「睡蓮(スイレン)」、「蓮(ハス)」など、一般に親しまれている水生植物も植えられている。
田中さんは、「熊楠の古里で、多羅葉が育ってくれれば」と期待する一方、「植物には食べられる葉や、実がたくさんある。将来の食糧難にそなえる必要が」と心配する。また、「動物は、すべて植物の吐き出す酸素を吸って生きています。植物がなければ生きられないのですから、植物も自分だと思って、大事にしてください」と強調していた。
「ふるさと学びの森」は、JR南海橋本駅から、南東約1・7キロ。南海高野線の紀ノ川・鉄橋のすぐ東側。今は、木々が新緑の季節を迎え、生き生きと初夏の風に吹かれている。入園は無料。


更新日:2011年5月14日 土曜日 06:57

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