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串柿の元祖で柿渋開発へ♪四郷で頭根・池田さん

日本一の串柿の里として名高い、和歌山県かつらぎ町広口の柿農家・頭根英之(とね・ひでゆき)さん(70)は、自宅裏の鬼虎山(きとらやま)に立つ串柿の元祖・青曽柿(あおそがき)を活用した「世界唯一の柿渋(かきしぶ)」開発を進めている。協力者の橋本市東家の紀州高野組子細工師・池田秀峯(いけだ・しゅうほう)さん(71)は「歴史ある青曽柿の柿渋は、木造建造物を長い年月、綺麗に保ってくれるはずです」と張り切っている。
この串柿の里は、同町広口(ひろくち)、滝(たき)、東谷(ひがしたに)、平(たいら)地区を合わせた総称「四郷(しごう)」で、串柿は「四郷の串柿」と呼ばれている。
頭根さんの鬼虎山の一角には、樹齢300~400年の青曽柿の古木が3本立ち、柿というのに幹回りは最大3メートルもある。ただ、楠(くすのき)などと違って木自体は弱く、これまで幾度か折れて、高さは約15メートルと低い。
地元口伝(くでん)によると約400年前、紀州徳川藩主が四郷村に串柿作りをすすめ、その時に植えられたのが青曽柿とされている。頭根さんは「四郷の串柿も、今はほとんど四ッ溝柿(よつみぞがき)に変わり、とくにこのような青曽柿の古木は滅多に見当たりません」と説明。そこで「木造建築に詳しい池田さんに、この古木の活用方法を考えてほしい」と依頼したという。
青曽柿は今年も堂々と鬼虎山の山頂付近に根をおろし、秋雨にぬれたり、秋風に吹かれたり。緑の枝葉のかげには、青曽柿の実が見事に色づき、どこにもない輝きを放っている。
このほど現地を訪れ、青曽柿そのものを確認した池田さんは、「この青曽柿の柿渋を使って、私自身、木造建築に施してみたい。その効果は、かなりの年月を要すると思いますが、木造建築にどのような威力を発揮してくれるか。専門家の協力も得ながら、逸品を開発したい」と話していた。
写真(上)は鬼虎山の青曽柿の古木。写真(中)は青曽柿の太い幹回り=右は頭根さん、左は池田さん。写真(下)は串柿の元祖・青曽柿。

更新日:2017年9月13日 水曜日 00:07

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