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白馬の幸村ら武者行列あざやかに♡紀州九度山「真田まつり」甲冑姿の約160人練り歩き、観光客らスマホ撮影楽しむ♪

戦国武将・真田幸村ゆかりの和歌山県九度山町の道の駅「柿の郷くどやま」芝生広場で、こどもの日の5月5日「真田まつり」が開かれ、幸村と父・昌幸、子息・大助らの武者行列が繰りひろげられ、大勢の観光客の心を和ませた。

 

幸村は関が原の戦いで、父・昌幸とともに豊臣秀吉方につき戦闘したが、軍配は徳川家康側にあがり敗退。大坂冬の陣へ出陣までの14年間を九度山で閉居した。

この日は前日同様の快晴に恵まれ、幸村も眺めたに違いない高野山も紀の川も新緑にかがやき、道の駅「柿の郷くどやま」は全国から訪れた観光客でいっぱい。

午前10時から紀州九度山真田武将隊演武や信州上田おもてなし武将隊演舞などが繰り広げられた後、真田出陣太鼓が鳴り響き、午後1時の出陣式の後、約160人の武者行列が出発した。

道の駅「柿のくどやま」南側・高台で待機すると、彼方西方から武者行列が出現。約10分後には、鮮やかな滑り台などのある遊具広場わきに武者行列が登場。

前列の3頭の馬は、真ん中が白馬、前後は茶色で、先頭から真田昌幸、幸村、大助がまたがり堂々と闊歩(かっぽ)。沿道にあふれる観光客は、馬上でにっこり手を振る光景を必死でスマホに収めている。

県外から訪れた高齢者の一人は「ここは関ケ原の戦いのあと、幸村が大坂冬の陣・出陣までの14年間、閉居していたという第二のふる里です」と説明。「来春も幸村を偲びたい」と話していた。

写真(上)は馬上は先頭から真田昌幸=宮崎忠博(長野県上田市真田地域自治センター長)、真田幸村=しもぐち☆雅充(FM大阪DJ)、真田大助=杉本吉美(前・伊都振興局長)。写真(中)は遠方に現れた武者行列。写真(下)は出陣前の神々しい馬を記念撮影する観光客。


更新日:2026年5月5日 火曜日 20:29

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