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玉川峡を守る会に環境大臣表彰♪調査保全などに尽力

和歌山県高野町、九度山町、橋本市を流れる県立自然公園・玉川峡(たまがわきょう)の環境調査・保全や、子供たちの生物観察会に尽力したとして、関係市民グループ「玉川峡(紀伊丹生川)を守る会」=森下健(もりした・けん)代表(67)=が、環境大臣表彰を受け、6月25日、同県伊都振興局で報道関係者の記者会見に臨んだ。森下代表は「玉川峡は高野山麓を流れる、自然豊かな動植物の宝庫であり、末永く調査・保全活動に邁進(まいしん)したい」と誓った。
玉川峡は高野町富貴から九度山町の紀の川に注ぐ「高野山町石道(ちょういしみち)玉川峡県立自然公園」の一部。嘉吉元年(1441)の「玉川由来記」(刀祢左近四郎家近・著)に、明神岩(みょうじんいわ)や亀石(かめいし)などの〝玉川四十八石〟を紹介。文化3年(1806)編纂(へんさん)開始の「紀伊続風土記」(きいしょくふどき)には明神岩の絵入り、同9年(1812)刊行開始の「紀伊名所図会(ずえ)」には玉川峡の渓流風景が繊細に描かれている。
歴史・自然豊かな玉川峡ではあるが、昭和54年(1979)には、建設省地方建設局によるダム予備調査が始まり、平成9年(1997)には建設省「紀伊丹生川ダム建設事業審議会」が設置され、高さ145メートルの巨大ダム建設計画が浮上。
この状況を受けて、翌10年に「紀伊丹生川ダム建設を考える会」が発足、自然環境保護の立場から反対運動を展開したが、同14年(2002)5月、同ダム建設中止が発表されたのに伴い同11月、「玉川峡(紀伊丹生川)を守る会」を発足させ、従来の「考える会」を発展的に解消した。
現在、守る会の会員は、動植物・生態系研究者ら関係住民約50人で構成。平成20年(2008)には玉川峡が環境省の「モニタリングサイト1000」に選ばれ植物調査・保全。世界遺産・黒河道(くろこみち)や、沿川の豆を運んでいた豆街道などの歴史的古道や、玉川四十八石の存在、地域の清掃活動や水生生物調査などにも取り組んできた。
平成24年(2012)には「国際カゲロウ・カワゲラ学会」の学者64人が訪れ、橋本・伊都地方の小中学生83人が水生昆虫を採集。昆虫の名前や特徴を教えてもらうなど楽しく交流。このほか、毎年8月のアユ漁・網入れ解禁日には「アユまつり」を開き、大勢の家族連れが参加。とくに子供たちは、渓流で泳いだり、アユのつかみ取りをしたり。自然と共に生きる喜びを体験させている。
6月25日朝、伊都振興局で開かれた記者会見で、新谷垣内真琴(しんやがいと・まこと)局長が、「玉川峡(紀伊丹生川)を守る会」の功績・功労ぶりを説明。
森下代表は「今回の受賞は、先輩会員の方々の努力の賜物で、その活動が評価されてうれしいです。玉川峡の魅力は、何といっても清流で、私も小さいときは遊泳、滝のぼりが大好きでした。この素晴らしい自然環境を残したい」と言明した。
東京・グランドアーク半蔵門での環境大臣・表彰式に臨んだ、動植物の洞察深い井奥恵三(いおく・けいぞう)事務局長(70)は、「川沿いの山々を見ると、人工林=杉や檜(ひのき)=が植えられたまま、暗い森になっています。間伐すると笹ユリが生えてくる程であり、松山など昔の自然に戻すべきでは」と話し、環境保全・改善に意欲を見せていた。
写真(上)は環境大臣表彰の受賞報告をする「玉川峡を守る会」の森下会長=左=と井奥事務局長=伊都振興局で。写真(中)は必至で追い込み網を操る子供たち。写真(下)は会員の指導で玉川峡の水生生物調査を体験する子供たち。


更新日:2018年6月26日 火曜日 00:00

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