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金剛峯寺・静法印の転衣式♪弘法大師名代の就任祝う

高野山真言宗総本山・金剛峯寺(和歌山県高野町高野山)で3月12日、高野山伝燈大阿闍梨(でんとうだいあじゃり)で高野山清凉院(せいりょういん)住職・静慈圓(しずか・じえん)大僧正(75)の、第519世寺務検校執行法印(じむけんぎょうしぎょうほういん)就任を披露する転衣式(てんねしき)が行われた。
法印経験者の「前官(ぜんかん)」や各寺院の住職、信者ら約500人が出席。静・新法印は古式にのっとり、「不肖(ふしょう)、順席(じゅんせき)なれば、お先に御免こうむります」と、うやうやしく挨拶。緋色(ひいろ)の衣に着替えた後、ふたたび登場し、次期法印で三寶院(さんぽういん)住職の飛鷹全隆(ひだか・ぜんりゅう)大僧正(74)から、昆布と米をいただく「松三宝(まつさんぽう)の儀」で祝福を受けた。
法印は高野山真言宗の最高位とされ1年間、宗祖・弘法大師(空海)の名代となり、山内の主要行事の導師を務める。
静・法印は徳島県生まれ。小学校5年生で得度。高野山大学密教学科を卒業後、同大学院や大阪大学大学院で学び、高野山大学教授、高野山・霊宝館長など歴任。高野山大学名誉教授(博士・仏教学)。
とくに書家の小坂奇石(こさか・きせき)氏(故人)に師事。漢字や梵字悉曇(ぼんじしったん)を究め、再三、中国に渡り、学術会議に出席・交流。
昭和59年(1984)に「空海・長安への道」訪中団団長として霞浦(かほ)から西安(せいあん)までの約2400キロを踏破。以来、訪中120数回。この道を精査して「空海ロード」と名付け、巡礼道として開創した。
平成20年(2008)には、中国の古今第一の書聖「王義之(おうぎし)」の墓塔そばに、自ら碑文を書いた「弘法大師空海越州碑縁起(えっしゅうひえんぎ)」を建立。空海以来3人目の「日中の書聖」とされている。
写真(上)は緋色の衣姿で転衣式に登場した静・法印。写真(中)は「松三宝の儀」で飛鷹大僧正=右=から昆布と米で祝福を受ける静・法印=左。写真(下)は金剛峯寺で居並ぶ高僧から次々祝福を受ける静・法印。


更新日:2018年3月13日 火曜日 00:00

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