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きれい♪菖蒲、芝桜…元・白藤小校庭で住民が栽培

世界遺産・高野山の旧・高野街道沿いにある元「白藤(しらふじ)小学校」(和歌山県高野町)の校庭で今、同町西郷神谷(にしごうかみや)の町内会「白藤の里」が育てた紫の菖蒲(しょうぶ)とピンクの芝桜(しばざくら)が満開になり、訪れる観光客の心を癒している。
この元「白藤小学校」は明治11年(1878)に開校。児童数は昭和2年(1927)のピーク時に152人を数えたが、人口減・少子化により平成9年(1997)に廃校。
同校舎は、かつて関西や中国で演奏活動した橋本・伊都のバンドグループ「フラワーヒルズバンド」=ボーカル・大寳泰子(おおたから・やすこ)さん=が練習した場所。今はカメラマンの撮影舞台などに活用されている。
廃校後は地元の同町西郷神谷の町内会「白藤の里」メンバーが、校庭に花壇を設けて、四季の花々を栽培、草引きや水やりなどに奉仕活動。町役場も木造校舎や体育館、トイレ整備に力を入れるなど、素晴らしい歴史的ふる里の環境を守ってきた。
今、花壇では花菖蒲のつぼみが次々と開花。芝桜は新緑の中で、まばゆいばかりの彩色を放ち、高野参詣の参拝・観光客やカメラマン、画家、俳人歌人らが、静かに立ち寄っている。
地元住民によると、この旧・高野街道(京・大坂道)は、昔から「宿場町」として賑わったが、昭和4年(1929)に南海・神谷駅~極楽橋駅間が開通(難波駅から全通)した後、高野参詣ルートは「徒歩」から「鉄道」に移り、たちまち人影の少ない山里に戻ってしまったという。
同小学校の近くの岡田里明(おかだ・さとあき)さん(87)は「白藤の里は、現在13世帯、約20人が在住。平均年齢は約70歳ですが、皆さん丹精込めて、校庭の花づくりに取り組んでいます。ぜひ、ご覧ください」と話していた。
この旧・高野街道は、高野山・女人堂へ通じ、元「白藤小学校」~女人堂間は約6・7キロ。初夏を迎えた今、「森林浴」にも最適コースとされている。
写真(上)はつぼみが次々と開花している花菖蒲。写真(中)は旧・高野街道の歴史を含む元・白藤小学校。写真(下)は校庭の花壇にかがやく芝桜。


更新日:2017年5月10日 水曜日 00:00

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