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断崖上の気構えを!岡博士の神髄語る・稲垣弁護士

和歌山県橋本市の名誉市民で世界的超1級の数学者・岡潔(おか・きよし)博士(1901~78年)を顕彰する「講演会&鼎談(ていだん)会」が12月11日、橋本市教育文化会館2階大ホールで開かれ、日本人の情緒(じょうちょ)を最も大切にし、〝やる時は断崖に立つ心構えで〟と若者を激励した、岡博士の純粋な心に感銘を受けていた。
岡博士は大阪生まれ。幼少期や中学時代、祖父の郷里・紀見村(現・橋本市柱本)で過ごした。京都帝国大学で学び「多変数函数論」などを発表。世界の天才・数学者でも、1問解くのに100年かかると言われた世界3大難問を唯1人で解いた超天才。数学者、思想家、俳人。著書に「春宵十話」「日本のこころ」「風蘭」「紫の火花」「春風秋雨」「月影」「一葉舟」など世界に冠たる文学・哲学書がある。
この日、初めに主催者の橋本市岡潔数学WAVEの瀬岡佳史(せおか・よしふみ)会長が「今夏、私たちは岡博士の暮らした柱本(旧・紀見村)の紀見峠を「情緒の道」と名付け、標柱を建立しました。今後、杉村公園内に岡潔記念館を設ける計画がありますが、すでに82件510万4000円の御寄附をいただいています」と謝辞を述べ、「これからもよろしくお願いします」と挨拶した。
この後、第1部・講演「岡先生を語る」で、橋本市出身の稲垣喬(いながき・たかし)弁護士が登壇。自分が橋本高校~京都大学時代、橋本市慶賀野や奈良市に在住した岡博士宅を再三訪れ、寝泊りもして「花合わせ」や「マージャン」を楽しんだ、貴重な体験談を紹介。「さすがに確立計算に優れ、岡先生は強かったが、私が勝った時には〝ああ稲垣さんに負けたね〟と頭をかいて喜ばせてくれた」、また「勝つ事よりもマナーの大切さを教わり、岡先生の人間味を全身に浴びました」と述懐した。
稲垣弁護士が判事として初めて札幌へ赴任する際、岡博士は「法律はあくまでも手段、断崖に立つつもりで…」と激励。「一つの山を越えると新たな問題が見えてくる」という言葉も、青春の脳裏に刻まれていて、裁判官、弁護士としての、これまでの人生に役立っていることを強調した。
岡博士が詠んだ「めぐり来て梅懐かしき匂ひかな」や、俳聖・松尾芭蕉の名句「古池や蛙飛びこむ水の音」も紹介。「岡先生は、めぐり来てと、瞬時に時間を詠み、梅懐かしきと、情緒を詠んでいる。芭蕉は蛙飛び込む、と光を詠み、そこに生まれる水の音までもも、瞬時に詠んでいる」と、自然詠嘆・写実眼の鋭さを話した。
最後に「日本学士院の賞らしい綺麗な『半球』を見せてもらった際、岡先生はそこに刻まれた自分の名前を見て、『これは私が半球を汚しています』と言われた」ことに触れると、会場は一瞬静かになり、多くの人が、岡博士の芯からの謙虚さに、暫く大きく頷いていた。
第2部の鼎談「岡潔の思い出」では、稲垣弁護士と岡潔博士の長男の岡煕哉(おか・ひろや)さんと次女の松原さおりさんが登壇。岡博士は革靴だと頭に響くので、晴天でもレインシューズを履いていたこと、「私は天才ではない、努力だ」と言明したこと、松原さんが道で出会っても、岡博士はにこっこり笑って、考え事をしながら立ち去って行ったことなど、卓越した心の持ち主の一端を披露していた。
最後に同数学WAVEの奥村浩章(おくむら・ひろあき)副会長が「きょうの稲垣先生のご講演の中で、『断崖に立つ気持ちでやるように…』の言葉は、岡潔著『情緒と創造』のはじめにの中で、岡博士の長女・鯨岡(くじらおか)すがねさん(故人)の夫・寧(やすし)詩さんが記しています。それを岡先生から聞かされた方が、稲垣先生だったとは、きょう初めて知り、感動致しました」と挨拶して、締めくくった。
写真(上)は講演「岡潔先生を語る」で演壇に立つ稲垣喬弁護士。写真(中)は岡博士の少年時代の姿=伝記絵本「岡潔博士ってだぁーれ」(絵・文=佐藤律子さん)より。写真(下)は鼎談「岡潔の思い出」で語り合う左から松原さおりさん、岡煕哉さん、稲垣さん。

更新日:2016年12月12日 月曜日 00:00

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