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「幸村・紅梅」?♪慈尊院で満開~寒の戻りも何のその

戦国武将・真田幸村(信繁)ゆかりの和歌山県九度山町にある高野山真言宗・慈尊院=安念清邦(あんねん・せいほう)住職=で、すでに枯死した梅の老樹の子供にあたる紅梅が、3月9日現在、満開になっている。それはまるで九度山で逝去した幸村の父・昌幸と、大坂城へ出陣した幸村の「真田父子ロマン」を演出する趣(おもむき)を呈していて、同院を訪れる幸村ファンを喜ばせている。
同院は女人高野別格本山。弘法大師・空海が816年に創建し、大師が母の玉依御前(たまよりごぜん)と毎月「九度」会ったという、御母公(ごぼこう)の菩提寺(ぼだいじ)。世界遺産・高野山町石道(ちょういしみち)の玄関である。
同院の話によると、南側の丹生官省符(にうかんじょうぶ)神社へ行く、石段の登り口わきで、梅の老樹が幹に大きな洞穴ができて枯死。その根元では、子供にあたる梅の木が育っていた。そこは日陰のため、木は陽光を求めて、まるで洋傘の柄のように曲がっていた。
そこで同院では平成24年(2012)頃、境内の多宝塔(和歌山県文化財)修復工事の際、その子供にあたる紅梅を、多宝塔の北側に移植したところ、今では樹勢もたくましくなり、見事に色づき、開花するようになったという。
彼岸も間近の3月9日の九度山地方は、午前の最低気温8度、午後は逆に降下してわずか6度。厳しい雨の煙る〝寒の戻り〟となり、紀の川北岸から見ると、南岸の雨引山(あまびきやま)はまったく見えず、山麓の慈尊院や商店街、旧家の町並みが、いかにも寒々とした光景。
それでも、道の駅「柿の里くどやま」などに飾られた家紋・六文銭入りの旗や陣幕、甲冑(かっちゅう)は、気迫のこもる真田の赤備えの彩色。慈尊院の鮮やかな紅梅も、朱色の多宝塔をバックに輝いて、幸村の燃える心意気そのもの。
参拝・観光客は、これはまさに「幸村・紅梅」とばかり、カメラ・スマホ撮影して、友人知人に配信。「幸村の里」なればこその楽しい雰囲気。
安念住職は「この紅梅は、長らく日陰にあったので、幹は大きく曲がっていますが、今は陽当たりのいい場所に移したので、新しい枝が生えてくれることでしよう」と微笑んでいた。
写真(上、下)は慈尊院の多宝塔をバックに満開の紅梅。写真(中)は小雨に霞む九度山・雨引山とその山麓の町並み=紀の川・九度山橋のたもとから。

更新日:2016年3月10日 木曜日 00:00

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