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米軍機「監視哨ノート」展示~〝戦争文庫〟開催中

第2次世界大戦中、日本陸軍・北部第九一部隊・防空監視哨(ぼうくうかんししょう)で、部隊長(陸軍中佐)を務めた石橋正道(いしばし・まさみち)さん(故人=岩手県盛岡市)が、敵機機種や飛行速度などの判断方法を記した「監視哨(かんししょう)ノート」が、「戦争文庫」を開催中の和歌山県橋本市のJR橋本駅「ゆかいな図書館」=阪口繁明(さかぐち・しげあき)代表世話人=に展示された。

同ノートを「ゆかいな図書館」に寄贈した、石橋さんの姪(めい)で滋賀県大津市萱野浦の主婦・井上都(いのうえ・くに)さん(80)は、「戦争を知らない皆さんに、叔父の監視哨ノートを見てもらえてうれしい。もちろん戦争はいけませんが、若い方々には、しっかりした精神で、私たちの日本を守っていただきたい」と力説した。

石橋さんは大正8年(1919)、岩手県遠野市出身で昭和21年(1946)、28歳の若さで病没したが、井上さんは子供の頃、盛岡市で家族や石橋さんと同居した際、とても可愛がられたという。

「監視哨ノート」は8月4日、石橋さんが井上さんら家族に宛てた12通の絵はがき(軍事郵便)=いずれも実物コピー=とともに、図書館の机上に展示。「監視哨ノート」には、石橋さんの直筆で、「監視哨の目的」として、「遠距離に敵航空機ヲ発見識別シ、之に依り得タル情報ヲ迅速確実ニ指揮官ニ報告シ、以て防空隊、戦闘準備ヲ容易ナラシムルニアリ」などと表記。
敵機について「ボーイングB―17」「マーチンA―26」「ダグラスA―24」などの各機種名と、そのイラストを描写。監視方法として、敵機の高低、方向、速度は、手のひらを敵機の方角にかざし、爆音を聴いて第六感を働かせ、即座に割り出す、としている。
絵はがきは「前略 当方は新緑の好季節です。8月末には秋風がそよふく土地ですから、夏もさほど暑くなく、いま一番いい気候です。皆様の元気を祈ります。寿郎(井上都さんの弟)、都、身体を丈夫にして、しっかり勉強して下さいね」などと、やさしい心情で綴られている。

「監視哨ノート」と絵はがきは、8月20日まで展示され、「戦争文庫」は同31日まで、「特攻隊員たちへの鎮魂歌(れくいえむ)」(神坂次郎)など、戦争関係の図書約500冊を展示、自由に読めるようになっている。

また、県立橋本高校の図書部と生徒会役員計11人は、8月4日、戦争文庫の本に図書館名・スタンプを押したり、「要返却」のラベルを貼ったりする奉仕活動を行ったが、たまたま図書館を訪れた井上さんから、石橋さんの活動ぶりや戦時中の暮らしなどを聴いた。

井上さんは「叔父(石橋さん)は、夜中に〝戦友の足音が聞こえる〟と騒いだことがあります。玉砕した戦友の夢を見たのでしょうか」と述懐。「私は早く父を亡くしたので、叔父が息を引き取る寸前、〝都ちゃん、お母さんを頼むぞ〟と言ってくれました。戦時中は、大変な食糧不足で、タンスから、次々と着物を持ち出し、農家を廻って、米や野菜と交換してもらいました」と、その困窮ぶりを話した。

最後に「今では家族も親類もみんな他界。叔父の監視哨ノート、軍事郵便を処分する気になれず、ゆかいな図書館に寄贈することにしました」と話した。

阪口・代表世話人は、満蒙開拓青少年義勇軍として満州(中国東北部)に渡り、中ソ国境では、石橋さん同様、監視哨を担当。「私は陸上・監視哨、石橋さんは航空・監視哨で、違いはありますが、監視哨ノートは、敵機判別方法など実に綿密に書かれていて、貴重な資料です。展示後は大切に保存したい」と言っている。

写真(上)は、ゆかいな図書館に展示された石橋さん直筆の「監視哨ノート」(コピー)を挟んで、戦争文庫のボランティアを務めた橋本高校生に石橋さんの話を紹介する井上さん。写真(中)は石橋さんが家族に宛てた葉書き。写真(下)は戦争文庫の奉仕活動に訪れた橋本高校生たち。

更新日:2014年8月8日 金曜日 00:07

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