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橋本に産科拠点あり~年700人誕生!医師が連携

厳しい労働条件や少子化時代に伴い、産婦人科医院が減少する中、体外受精を含む〝赤ちゃん誕生の拠点〟が、和歌山県橋本市東家4丁目にある。その名は医療法人・久和会(きゅうわかい)=奥村嘉英(よしひで)理事長(56)=の「奥村マタニティクリニック」と「奥村レディースクリニック」で、奥村理事長は「医師同士のチームワークにより、安心安全の医療に取り組んでいます」と、力強く語っている。
奥村理事長の父・久和(ひさかず)医師(故人)は、昭和32年(1957)に同所に産婦人科「奥村医院」を開院。奥村理事長は平成6年8月、同医院を継承し、同19年5月に父の名を生かした医療法人・久和会の理事長に就任した。
橋本・伊都地方や奈良県の南部地方でも、産婦人科医院が減少する中、翌20年9月には産科の「奥村マタニティクリニック」(鉄筋2階建て18床、分娩室、事務室、厨房など)を新築・開院し、奥村理事長が担当。旧館の「奥村医院」(鉄筋3階建て)は改装して婦人科、内科、心療内科の「奥村レディースクリニック」(無床=外来専門)とし、加納和(かのう・かず)医師と向林学(むこうばやし・まなぶ)医師が担当。派遣医師も医療に従事している。
奥村理事長の話では、「奥村マタニティクリニック」での平成25年(1~12月)の出生数は735人。例年600~700人超にのぼり、これは橋本・伊都地方の拠点病院である「橋本市民病院」の年間出生数(約350人)の約2倍に相当。その出生数の多さがわかる。さらに橋本市、九度山町、かつらぎ町と、五條市など奈良県南部の年間出生数が約1000人なので、「奥村マタニティクリニック」の果たしている役割は極めて大きい。
「橋本市民病院」の石井敏明・管理者は「公立病院では、当病院の産科も、婦人科とともに頑張っていますが、開業医では何と言っても奥村マタニティクリニックで、女性たちに喜ばれています」と、敬意を表している。
また、「奥村レディースクリニック」では、生殖内分泌の専門医・向林医師が「体外受精出産」を担当。平成19年4月から準備にかかり、同20年1月から実施。すでに出生数は30人を超え、軌道に乗っている。また、フロアでは「ソフロロジー・呼吸法」「マタニティー・ヨガ」「マタニティー・ビクス」などを開催し、女性たちに好評を博している。
一方、平成25年5月には、和歌山市秋月に小児科、産婦人科の「花山(はなやま)クリニック」を開院。当初の月間出生数約20人だったのが、同年7月以降は30人超に増えているという。
奥村理事長は、産婦人科医院が減少する理由について▽昭和40年代に和歌山県内の年間出生数は15000人超だったのが、最近では8000人以下と約半減していること▽24時間体制の激務、医療裁判の多さ、志願者が減少していることなどを指摘する。
「私は小学生の頃、父は助産婦さんに頼んで、やっとのことで病院を離れ、一泊二日の南紀旅行に連れて行ってくれた思い出があります。産婦人科医は、ほとんど病院を離れられない。子供心にも、それは大変だと思っていました」と述懐。「それが根底にあって、私は生まれてくる赤ちゃん、ご両親のためにも、何とかしっかりした医院にしなければ、と悩み続けました」と話した。
そのうえで、橋本・伊都地方の産科・拠点病院に仕上げた方法について、「産婦人科とは、真夜中でも、待つ仕事。医師1人では、とても無理です。そこで、複数の常勤医師、派遣医師の輪をひろげ、チームワークにより、安心安全を最優先させながら、激務をこなすことにしました」と説明。今後の医療業務拡大については「採算が合うかどうか、とても難しい問題です。例えば女医さんの場合、家庭を両立させたい。勤務条件を良くするには、確固とした経営基盤が必要です」と述べ、「この仕事は、安心安全な出産と、赤ちゃんが健やかに育ってくれることが、一番の希望。何よりもチームワークで、しっかり取り組んでまいります」と語った。
両クリニックはJR・南海「橋本駅」から徒歩約10分。国道24号線・東家4丁目交差点の北側近く。電話「奥村マタニティクリニック」(0736・32・0072)、「奥村レディースクリニック」(0736・32・8511)。
写真(上)は医療法人・久和会理事長の奥村嘉英医師=理事長室で。写真(中)は女性が宿泊する奥村マタニティクリニックの小部屋。写真(下)は奥村マタニティクリニックの外観。

更新日:2014年3月30日 日曜日 00:00

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