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PCで復刻〝紀見村郷土誌〟…次世代へ貴重な史料

和歌山県伊都郡紀見村(現・橋本市)で80年前、当時の小学校校長らが、ガリ版刷りで刊行した「紀見村郷土誌」が古くなり、読みづらくなったため、地元の歴史研究会メンバー樫木由光さん(75)と原嘉弥さん(72)の2人が、ワープロやパソコンを使って、約20年がかりで「紀見村郷土誌 復刻版」(計13冊)を作成した。2人は「さすがに文字の判読に苦心しましたが、先人の残してくれた貴重な史料なので、余暇をみて必死で復刻しました。できれば公的力で多くの市民が読めるように、〝紀見村誌〟出版に繋げてほしい」と話した。
「紀見村郷土誌」は、ガリ版刷りB5判で、昭和8年(1933)、紀見尋常高等小学校の鈴木俊一郎校長が地元3小学校の教職員らとともに歴史調査を行い編纂した。
鈴木校長は序文で「過去現在の本村(ほんそん)の状態を幾分にても明瞭ならしめ、以て本村将来の傾向を察知して児童教育の一助ともなし、大にしては本村開発の参考や動機にもなし得ればとの念願から(前後略)」と述べている。
同誌の総合目次を見ると、第1章=自然環境、第2、3章=沿革並びに交通、第4章=人口現象、第5章=村政調査、第6章=産業、第7章=衛生、第9章=神祇宗教、第10章=史蹟口碑伝説、第11章=人情風俗習慣、第12章=各種団体、第13章=人物誌に大別されている。
このうち「自然環境」では、位置及び境界、面積、地勢(山脈、河川、池沼)、地質構造及び土壌(和泉山脈の成因、本地方の構造線など)、気象(気温、雨量、風光)を記し、「沿革並びに交通」では、大化の改新に至る迄の人文、徳川時代における農村紀見村、明治維新後の紀見村などについてまとめ、教育では紀見尋常高等小学校、柱本尋常高等小学校。境原尋常高等小学校の沿革や歴代校長などを列記している。
この同郷土誌は平成5年(1993)、矢倉脇の森林公園に元県議の平木繁美氏(故人)の胸像を建立し、50年先へのメッセージを収めたタイムカプセルを埋設する際、その参考資料の中にあったもので、樫木さんや原さんが熟読し、その史料の重要性を直感した。
同郷土誌は、物資不足の時代、藁半紙(わらばんし)に謄写版印刷され、文字は薄くなり判読しがたい。それでも、封建社会の中で、先祖は重税にあえぎ、粗衣粗食を強いられていたことなど、地元の人々が知らない歴史を綴っている。2人は「この郷土誌を次世代に読み継がれるように」と決意し、虫メガネや広辞苑を片手に判読を重ね、ワープロやパソコンのキーボードを叩きながら、今月、やっと制作を完了したという。
旧紀見村は、現在の橋本市柱本、紀見峠、沓掛、矢倉脇、慶賀野、橋谷、細川、境原、杉尾、北馬場、御幸辻、胡麻生で、昭和30年に合併して橋本市となっている。
現在、「紀見村郷土誌」の原本は、地元の民家2軒で各1冊が保存され、橋本市図書館では、その複製本(コピー)を1冊置いているが、貸し出しはしていない。樫木さんと原さんの2人は「今はやっと復刻版を完成することができたし、パソコンにも全文を収録しているので、とりあえず一安心です。ただ、この史料には、旧紀見村の歴史が克明に記されているので、次世代へ継承するためにも、完璧な書籍として、出版協力をお願いしたい」と期待している。
写真(上)は完成した「紀見村郷土誌」の原本と復刻版を披露する(左から)樫木さん、原さん。写真(中)は80年前に刊行した「紀見村郷土誌」の原本。写真(下)は「紀見村郷土誌」の原本(右上)と復刻版。

更新日:2013年2月15日 金曜日 12:14

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