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鮎狩や武運長久祈願…阪口さん古写真を収集保存

和歌山県橋本市古佐田の元区長・阪口繁昭さんは、JR南海橋本駅前の中心市街地再開発事業で立ち退きになった商店や民家々から集めた〝郷土の古写真〟の整理をはじめ、その中から戦前の「紀の川の鮎狩(あゆがり)風景」や「皇軍兵士の武運長久祈願」など貴重な写真が見つかっている。
阪口さんは、太平洋戦争で満蒙開拓青少年義勇隊員として中国に渡り、中ソ国境付近で転戦、シベリアに抑留された後、九死に一生を得て郷里・橋本に引き揚げてきた。
その後は、「天に救われた命」と考え、地域ボランティアとして貢献。10数年前には、橋本駅前の再開発事業で、古い町家がどんどん解体・撤去され、まちの歴史を物語る古文書や民俗資料、写真などが次々と処分されていることを残念に思い、「袋ごとゴミを譲ってください」と頭を下げて回った。
当初は住民から「何を考えているのか」と、訝(いぶか)しがられたが、やがて本意を理解され、さまざまな「ゴミ」をもらえるように…。その中から出てきた、おびただしい古文書や民俗資料などは、橋本市郷土資料館などに寄贈し、保存・展示されている。
今回は、そのころ集めた古写真の整理を始めていて、二度と戻ることのない貴重な郷土の風景写真が見つかっている。例えば、「○一(まるいち)旅館 紀の川の鮎狩」と印字された戦前のポストカードの写真。昔、橋本駅前にあった「○一(まるいち)旅館」が企画・実施していた「鮎狩」、つまり「鵜飼(うかい)」風景で、現在の橋本橋付近の紀の川北岸から撮影。とうとうと清流をたたえた水面に屋形船が浮かび、鵜飼(うかい)見物の楽しそうな姿が活写されていて、南岸には国城山系の山並みが続いている。
また、「皇軍兵士の武運長久祈願」の写真は、戦時中、橋本市市脇の相賀大神社境内に、男性は背広にネクタイ、女性は着物姿で、約200人が参集。正月、国旗を掲げて祈願した郷土の折り目正しい風景。
「踊る女性たち」は、広いグラウンドに和服姿の女性たちが輪になり、品よく手を空にかざして踊っている。向こう側では大勢の児童たちが腰を下ろして見学、手前でも大人たちが鈴なりになっている。これも服装や髪型から戦前のもので、小学校の運動会に母親たちが踊りで参加したものらしい。
このほか、阪口さんが戦後間もない頃、自分で撮影した橋本市下兵庫の国道24号沿いの風景には、住宅がほとんど写っていないし、紀ノ川・橋本橋の北詰付近にあった旧橋本警察署や伊都県事務所、橋本駅前の旧交番所や旧消防団の建物などの写真も、70~80歳代の人たちには懐かしい光景。
阪口さんは「やることが多くて、なかなか手つかずですが、大切な写真が散逸しないよう、整理しています。郷土の宝とおぼしき古写真は、将来、公共施設へ寄贈、保存をお願いしたいと思っています」と話した。
写真(上)は紀の川の鮎狩風景のポストカード。写真(中)は皇軍の武運長久祈願の風景。写真(下)は和服姿で踊る女性たち=いずれも写真を複写

更新日:2012年5月13日 日曜日 09:17

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