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牡丹雪5cm紀北路おおう~太陽、すぐ解かす
雪が斜めに降っている。雪が熊笹につもる、笹はしなり、雪が落ちる。24日午前9時半、和歌山県橋本市東家の愛宕大権現〝愛宕山〟は、今冬最高の約5センチの積雪となった。本堂も、境内も、木々も、雪におおわれて、つい先日、この境内で行われた〝どんど焼き〟の炎の光景が、まるで夢のように思える。
愛宕山から見渡すと、JR南海橋本駅周辺や、高野線沿いのビル、民家の屋根、県立橋本高校のある古佐田丘などは、ふかぶかと真綿をかぶせたようで、遠く紀伊・大和の山々は、降る雪にさえぎられて見えない。それでも、京奈和自動車道・橋本インター付近に来ると、その自動車道も、その下をくぐる国道371号も、ひんぱんに車が往来していた。
「おお、走れるんだ」。そう一安心して、喫茶店でモーニングサービスをいただいた後、妻が世話になっている特別養護老人ホームに向う。すると、雪はさらに激しさを増していて、途中、上り下りを繰り返す道路で、何度かタイヤが空滑りする怖さを感じた。
施設に着くと、女性職員が「きょうは大変ですね」と、声を掛けてくれる。「はい、もう5年間も、ここに通っていますが、毎年1回や2回、雪で往生します」と頭をかいた。
施設は、かなりの高台にあるので、ここに勤める看護師や介護士の出勤は大変である。タクシーに頼むと、「あの辺りは、滑るのでねえ」と、しばしば拒否される。仕方なくマイカーで走り、山すそに止めて、施設のスタッドレスタイヤ付きの車で、送迎してもらう。大雪の日の看護師や介護士は、こうして、100数十人もいるお年寄りの世話を、間断なく続けているのである。
妻の部屋に入り、ベッドに横たわる妻を、車イスに移す。食堂に行って窓から外を見ると、相変わらず雪が激しく降っている。周辺の木々に雪が積もり、枝々は樹氷のようにさえ見える。この調子では、夕刻には、雪が凍結して、とてもではないが、妻の晩飯の時間に来ることは無理である。
妻は5年前、脳こうそくで倒れた後、右半身不随、言語全壊…。こちらの言葉を理解できないし、自分の思いを言葉で伝えることもできない。こちらは、言葉ではなく、声のトーンや顔の表情で、語りかける。それに対し、妻は笑う、瞳を輝かす、眉をひそめる、鼻をびくつかせるなどして、表情でモノを言う。
食事介助の後、食堂の窓から雪景色を見せると、妻は一瞬、「ああっ」と驚きの声を発したように思えたし、樹氷のような木々に、目の焦点を合わせているようでもある。すると介護士がやってきて、「きょう夕刻は、道が凍って、車で来るのは無理でしょう。夕食は、まかせてください」と言ってくれる。
「そう、私が事故で死んでしまっては、妻に申し訳ありません」。そう言って、胸を張り、車イスの妻を定位置に戻して、「では、夜はよろしくお願いします」と一礼して、施設の表に出た。
外は先程よりも、雪が激しい。市内で取材の仕事があって、某社に立ち寄り、社長と話し込む。驚いたのは、取材を終えて、表に出た時だった。つい1時間ほど前まで、降雪のため視界不良だった世界が、今は、太陽が雲間から照っている。先程まで雪化粧していた街も、山も、川も、雪がほとんど解けていて、普段のすがたに戻っている。
ああそうか。積もるには積もったが、あれは、解けやすい、牡丹雪であったか。「これで晩飯の介助も出来る」と思いながら、「それにしても、先程までの美しい雪景色は何だったのか。もっと写真を撮りたかったのに」と、ちょっぴり、やるせない気持ちになっていた。
牡丹雪なんぞ言うたる妻の口 (水津順風)
写真(上)は愛宕山から見た橋本駅、、古佐田丘周辺の雪景色。写真(中)は施設・食堂の窓外で樹氷のように積もった牡丹雪。写真(下)は京奈和自動車道や国道371号の雪景色。