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〝橋本川の氾濫〟リアルに撮影~北山さん16日発表

    橋本川の氾濫をリアルに撮影した北山さん(同川古東橋で)
    橋本川の氾濫をリアルに撮影した北山さん(同川古東橋で)
    橋本川の氾濫をリアルに撮影した北山さん(同川古東橋で)
    今は河川改修や橋の架け替えも行われた橋本川を見る北山さん(後ろは松ヶ枝橋)
    自宅のパソコンででビデオ編集する北山さん
    自宅のパソコンででビデオ編集する北山さん

1995年(平成7)7月の豪雨で、和歌山県橋本市の橋本川が氾濫(はんらん)した様子を、見事、ムービーで撮影・保存していたアマチュア・カメラノンがいる。紀ノ川映像クラブ員(会計担当)の北山勝信さん(67)で、今回、「街づくり」というタイトルを付けて編集し、10月16日(日)、同市隅田町中島169の1、橋本市東部コミュニティーセンター(隅田地区公民館)で開かれる「ビデオ映像祭」で放映する。
北山さんは95年7月4日午前8時半ごろ、紀北地方に大雨洪水警報が出た際、その模様を動画で記録しようと、カメラを車に積んで、市内を巡回した。橋本川は、市北部で開発された大規模な新興団地方面から、紀ノ川に注いでいて、JR南海橋本駅西約200メートルの古東橋、下流の松ヶ枝橋、さらに下流で河口付近の御殿橋が架かっている。
その朝、目にした橋本川は、まさに激流の恐るべき光景、御殿橋から上流を見ると、松ヶ枝橋が濁流に浸かっている。あわてて古東橋へまわり、松ヶ枝橋を見ると、橋脚部分に幾本もの木材が突き刺さり、濁流は橋を押し流す勢いだ。「これはいかん」と、背筋が寒くなった。
今度は、旧高野街道と旧伊勢街道の交差地点まで回り、東方を見たところ、松ヶ枝橋を渡る旧伊勢街道沿いの商店や民家は、すでに床上浸水の状態。そばで市民らは「この調子だと、小原田(上流の地名)あたりも危ない」と騒いでいる。
と、聴くと、もう何も考えず、ただ、通行止めにならないうちに、勝手知ったる裏道を走り、小原田の高台に立った。ラジオでは「おびただしい数の、プロパンガスボンベが流れている。爆発の恐れがあるので、注意してください」と、アナウンスの声があわただしい。眼下の橋本川は、多少、水位が低下したらしいが、それでも濁流が渦巻いていた。
当時、まだ、ビデオ(デジタル)が手元になく、北山さんは、この様子を「CVHSカセットテープ」を使って、トータルで約40分間にわたって撮影。今まで、他の記録テープとともに保存していた。今回、デジタル・ビデオにカセットテープを移し換え、映像祭に向けて編集したという。
その後、いわゆる〝橋本駅前再開発事業〟が始まり、現在は、あの松ヶ枝橋も、あの古東橋も、安全な〝橋脚のない橋〟に新しく架け替えられ、河川改修工事も終わった。国道24号の御殿橋については〝難工事〟ながら、架け替え工事が続けられている。また、橋本川の東側の本町商店街や古い町家は、次々と解体撤去され、〝新しい街〟への過渡期とはいえ、無残な姿をさらしている。
北山さんは、再開発が始まる前の、橋本駅前周辺の風景写真を、フォトライター・北森久雄さんから拝借する一方、現在の橋本川に美しいカワセミが訪れている様子や、紀ノ川北岸の町並みなどを撮影。台風災害の生々しい光景を中心に、過去と現在を分かりやすくつなぎ合せ、自らの声でナレーションを入れて、作品に仕上げた。
今年は東日本が大地震、大津波、原発事故で大被害を受け、続いて台風・豪雨により紀伊半島でも甚大な被害を受けた。それだけに、わずか9分45秒の短い作品だが、和歌山県アマチュア映像連盟の松山健会長は「10数年前の、郷土の水害を、実にリアルにとらえている。作品からは、郷土への思いが伝わってくる」と評価している。
北山さんは、「この街は、応其上人が紀ノ川に架橋、塩市を開き、交通の要衝として発展してきました。将来、とくに防災面に力をいれ、安心安全の街づくりをしてほしい」と期待する、また、「ビデオ撮影は楽しいですよ。お互いに切磋琢磨しながら、作品作りに挑戦しませんか」と、映像クラブ入会を呼びかけている。
「映像祭」は、午後1時半に開場、同2時から上映。松山会長が祝辞を述べ、紀ノ川映像クラブの大西欣伸会長が挨拶。会員12人の12作品を上映する。入場無料で、お土産が進呈される。紀ノ川映像クラブの入会希望者は、橋本市神野々660の3、坂東辰雄・事務局長(0736・32・3555)へ。

更新日:2011年10月13日 木曜日 13:51

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