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新酒はうまい♪酒蔵ロマンあふれ~初桜酒造の見学会

弘法大師・空海が開いた高野山ゆかりの日本酒「高野山 般若湯(はんにゃとう)」を醸造する、和歌山県かつらぎ町中飯降85、初桜酒造株式会社=笠勝清人(かさかつ・きよと)社長=で、2月19日、国の登録文化財「酒蔵」の見学会が開かれた。橋本・伊都地方や近府県から大勢の日本酒ファンが訪れ、笠勝社長や杜氏(とうじ)の案内で、酒蔵の醸造現場をまわり、搾りたての新酒を味わっていた。
同社は1866年(慶応2)、高野山麓の紀ノ川畔に創業。高野山では「飲酒禁制」だったが、弘法大師は「塩酒一盃(おんしゅいっぱい)これを許す」と、酒の効用を認め、山上では酒を「般若湯」と呼びかえて愛飲。昔、この地方の酒は、すぐ南側を流れる紀の川の舟着場から、酒樽(さかだる)を舟で対岸へ運び、さらに馬の背に乗せて、高野山まで運んでいた。
同地方の酒は、紀の川上流のため、昔は「川上酒」と呼ばれ、大正・昭和初期には33軒の酒蔵があったが、灘・伏見の酒の量産に伴い、「川上酒」の蔵元は廃業。今は同社1軒だけが「川上酒」を守り抜き、知事賞を受けている。
文献はないが、歴史家の一説によると、戦国時代の武将・真田幸村ら本隊は、大坂の陣出陣の際、九度山から対岸のここ中飯降へ舟でわたり、蔵王峠を越えて大坂城へ入城した、ロマンあふれる舞台でもある。
同社は、弘法大師が高野山開創の際、神領を借りた丹生都比売(にうつひめ)神社のある同町天野の名産「天野米」などと、和泉山脈の伏流水を使用。笠勝社長と但馬杜氏(たじまとうじ)が純米、純米吟醸酒を造り、同地方や大阪、東京へ出荷している。
この日、笠勝社長と但馬杜氏(たじまとうじ)は、見学者を午前と午後の2回に分けて「酒蔵」に案内。米と水を浸す「浸漬場(しんせきば)」や、米と麹(こうじ)で酒母をつくる「酒母場(しゅぼば)」、蒸し米を寝かせる「麹室(こうじむろ)」、むかし使っていた「蒸し釜(かま))などを丁寧に説明した。
この後、「高野山 般若湯」と染め抜いた、紺のハッピ姿の従業員らが、搾りたての新酒をコップについで、見学者らが「利き酒」。南隣の母屋では大吟醸「亀鶴」、「般若湯」、「しぼりたて生酒」、「秘蔵酒」、梅酒、ミカン酒、桃酒の順に、その出来具合を味わっていた。
初めて参加した橋本市の居合道4段・山本和樹(やまもと・かずき)さんは「初桜の素晴らしい酒蔵ロマンを体感できたし、いろんな酒を味わうことが出来ました」と話し、伝統の「川上酒」伝承を喜んでいた。
初桜は昭和60年(1985)~同61年にNHK大河ドラマ「真田太平記」が放送された際と、平成28年(2017)~平成29年の同「真田丸」の際の2回、純米吟醸酒「真田忍び」を発売。いずれも真田家の家紋・六文銭入りで、先のラベルは白地に金色、後のラベルは〝真田の赤備え〟の赤地に金色の六文銭で飾っている。先の「真田忍び」は現在も販売中、後の「真田忍び」(残り約100本=500ミリリットル1本1500円・税込)は3月末で販売を終了する。
問い合わせは初桜酒造株式会社(0736・22・0005)へ。
写真(上)笠勝社長から酒蔵の床に寝かされた麹(こうじ)の説明を受ける見学者たち。写真(中)ハシゴを登りタンク内の酒の出来具合を見たり嗅いだりする参加者たち。写真(下)はいろんな酒の味や香りを利き酒する参加者と意見を聞く笠勝社長。

更新日:2017年2月20日 月曜日 00:00

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