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祈る喜び♡小峯寺や慈尊院…日本の歴史文化ひしひし

文化庁が各地域の有形・無形の文化財をストーリーでつなぐ「日本遺産」に認定した和歌山県橋本市小峰台の寶雲山(ほううんざん)「小峯寺(おみねじ)」や、九度山町の女人高野・別格本山「慈尊院(じそんいん)」などが、6月21日(日)、改めて参拝・観光客に日本の歴史・文化の素晴らしさを感じさせた。
和歌山県内の認定は『「葛城修験(かつらぎしゅげん)」―里人とともに守り伝える修験道はじまりの地』と「女性とともに今に息づく女人高野~時を超え、時に合わせて見守り続ける癒しの聖地」の2件。
「葛城修験」は修験道の開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)が修行した、奈良・王子町から和歌山市にかけての和泉山脈沿いの険しい修行地である。
小峯寺はその道沿いで、延宝6年(1678)鋳造の梵鐘には「小峯寺は奈良時代に役行者が滞在、修練したところで、小峯寺はこのときに始まる」、「山は五色の霧が立ちこめることから、山号を寶雲山、小峯寺の名は修験道の霊場・大和国大峯山に対比していう」との意味の銘文が刻まれている。
毎春営まれる「柴燈大護摩祈祷(さいとうおおごまきとう)」と「火生三昧(かしょうざんまい)法要」では、拝田賢翔(はいだ・けんしょう)住職や約10人の修験者が、本堂の馬頭(ばとう)観音菩薩を御開帳して、人々の幸せを祈っている。
「女人高野」は、高野山が女人禁制だった明治以前を含め、昔から女性の心を大切にしてきたところ。とくに慈尊院は、弘法大師・空海が、毎月九度、山麓の同院まで下山して、母・玉依御前(たまよりごぜん)と会ったという、親子愛の舞台でもある。
また女性たちは、昔から乳房型の絵馬を奉納して、安産や乳がん治癒を祈願。昭和時代には小説「紀の川」(有吉佐和子・著)や、映画でも紹介され、全国的に知られている。
ここは高野山の壇上伽藍・根本大塔、さらに奥の院へと続く世界遺産・高野参詣「町石道(ちょういしみち)」の起点でもあり、人々を高野山まで先導した、今は亡き「高野山案内犬・ゴン」の物語でも名高い。
この日、小高い丘陵地にある小峯寺は、夏至の青葉に覆われ、近くの初芝橋本高校・野球部員の練習の声や、力強い打球音が届き、時折、訪れる参拝者は本堂、さらに山上の行者堂まで歩いて、深々と合掌していた。
慈尊院では、家族連れや若いカップルらが次々参拝して、中には町石道を登るご夫婦の姿も。安念清邦(あんねん・せいほう)住職は、「当院がすでに世界遺産、さらに日本遺産に認められてうれしいです。ご参拝の方々の願いが叶うよう、お祈りしています」と話していた。
(上)は小峯寺の「火生三昧法要」の風景=本紙掲載・記録写真。写真(中)は馬頭観音を祀る小峯寺の本堂。写真写真(下)は世界遺産登録に日本遺産認定が加わった「慈尊院」の山門風景。

更新日:2020年6月22日 月曜日 00:00

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