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五輪金・古川選手の祝賀写真♪橋本の資料館へ寄贈

和歌山県橋本市古佐田出身で、オリンピック水泳金メダリストの古川勝(ふるかわ・まさる)選手(1936~93)が帰郷直後、同市の吉田六右衛門(よしだ・ろくえもん)初代市長ら5人と共に撮った祝賀記念写真が、このほど「前畑秀子・古川勝 資料展示館」(同市橋本)に寄贈された。
古川選手の写真資料は極めて少ないだけに、同資料館の池西孝仁(いけにし・たかひと)担当は「この写真は誠に貴重であり、末永く皆さんに喜んでいただけます」と話している。
同資料館では、橋本市出身の日本女性初のオリンピック水泳金メダリスト・前畑秀子選手の動画や写真、表彰状、新聞資料などを沢山展示。古川選手は橋本中学校~県立橋本高校~日本大学時代に水泳100メートル、200メートルなどで計32回の優勝を飾り、メルボルン・オリンピックでは2分34秒7で優勝するなど、計7回もの世界新記録を樹立しているが、同資料館にあるのは写真14枚(うち8枚展示)だけで、あとは新聞記事の綴じ込み程度しかない。
そこで「前畑秀子・古川勝 顕彰活動委員会」の古川部会=土居治(どい・おさむ)部会長=が、古川選手の写真を探していたところ、同市東家在住で元・県議会議長の向井嘉久蔵(むかい・かくぞう)さん方の家族アルバムに、古川選手の写真が収められていることがわかり、向井さんは古川選手と同級生の宮西高雄(みやにし・たかお)部会委員を介して、同資料展示館に寄贈した。
この写真はLサイズのモノクロ写真で、前列中央に古川選手が金メダルをかざし、その左側で吉田・初代市長、右側に向井さんの父で当時・橋本市議会議長、後に県会議長や橋本市長を務めた向井久朋(ひさとも)さん、後列左側に古川選手の兄・弘(ひろし)さんら計6人が笑顔で写っている。
関係者の話では、古川選手が独自で編み出した潜水泳法により、昭和31年(1956)のメルボルン・オリンピック200メートル平泳ぎで優勝後に帰郷。橋本駅近くの紀の川に注ぐ橋本川沿いの老舗(しにせ)・堺屋旅館の一室で、祝賀会を開いた記念写真の1枚らしい。
前畑、古川両選手、それに今回の写真に登場している吉田・初代市長は、世界的数学者で文化勲章受章者の岡潔(おきかよし)博士(1901~78年)と共に橋本市名誉市民である。
古川選手は、前畑選手がオリンピック金メダルを獲得した昭和11年(1936)、前畑選手の近所で産声を上げ、中学時代には前畑さんから「あなたは平泳ぎが素晴らしいから、平泳ぎ一本でやりなさい」と励まされて、水泳に打ち込んだという。
このほど古川選手の同級生約100人でつくる「26(にろく)会」を代表して、土居・部会長らと共に県立橋本高校へ「古川勝・クリアファイル」700冊を届けた宮西委員は、「今回の写真からは、古川選手のオリンピック優勝の感激ぶりが伝わります」と喜び、「皆様、いい写真があれば、ぜひ、資料展示館に教えてください」と言っている。
前畑秀子・古川勝 資料展示館(℡0736・26・8288)。
写真(上)は向井嘉久蔵さん方に所蔵されていた古川勝選手の五輪金・祝賀会の記念写真。写真(中)は古川選手を育んだ紀の川。写真(下)は「前畑秀子・古川勝 資料展示館」に飾られた古川選手の写真パネル。

更新日:2020年1月29日 水曜日 00:00

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