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割れザクロ、まるで「禁殺生」叫ぶよう♡鐘楼門の空には天に向かう階段雲~「煤払いの日」橋本の真言律宗・妙楽寺

高野山麓・橋本の真言律宗・妙楽寺=岩西彰真(いわにし・しょうしん)住職=の境内で、「煤払いの日」の12月13日、割れザクロ(石榴)が色鮮やかにぶら下がり、冬日を浴びており、鐘楼門(しょうろうもん)わきでは、「禁殺生」と刻まれた石碑が立ち、南の高野山の大空では、長い階段状の白雲がうまれていた。

妙楽寺は嵯峨天皇・勅願により弘仁11年(820)、弘法大師が開創、姪(めい)の如一尼(にょいちに)が初代住職を務めた古寺。やがて無住寺・無檀家となったため、今は老朽化で本堂も巨木も撤去。ご本尊・薬師如来坐像と江戸時代建立の鐘楼門だけが残っている。

岩西住職の母で尼僧の康子(やすこ)さんは、読経はもちろん、境内随所で四季の花木を育てていて、多くの参拝者を楽しませている。この日午後、同寺を訪れた高齢者の一人は、鐘楼門わきの「禁殺生」の石碑に目を丸くし、境内の割れザクロの迫力美や、天上につながる階段状の白雲にもびっくり。「ざくろは禁殺生、戦争するなと叫んでいるようです」と手を合わせていた。

同寺では今年も「除夜の鐘」を「昼の鐘」として12月31日午後1時から約1時間、鐘楼門で行われる。家族連れや若者たちが、近くで見守る岩西住職とともに卯年の108煩悩を払うとともに、新たな辰年の「世界平和」と「家族安泰」を祈ることになる。

写真(上)は妙楽寺・境内の鮮やかな割れざくろ。写真(中)は鐘楼門わきの禁殺生」の石碑。写真(下)は鐘楼門の空に生まれた階段状の白雲。

[季語・ざくろの俳句26句紹介]

うなだれて灰汁桶のぞく柘榴哉(寺田寅彦)

なまなまと枝もがれたる柘榴かな(飯田蛇笏)

去年の実の柘榴にありて雪降れり(永井龍男)

口あけて柘榴のたるる軒端哉(正岡子規)

幾刻ぞ月と石榴の位置かはる(加藤楸邨)

庭の柘榴床の柘榴を笑ふらく(寺田寅彦)

柘榴の粒幾百食はば寂しさ消ゆ(橋本多佳子)

柘榴揺れゐてさ迷へる国ありき(飯田龍太)

柘榴火のごとく割れゆく過ぎし日も(加藤楸邨)

石榴の実噛めば思ひ出遥かなり(高浜年尾)

石榴赤しふるさとびとの心はも(高浜虚子)

裏町に住んで柘榴の一木かな(河東碧梧桐)

身辺に割けざる柘榴置きて愛づ(山口誓子)

過去苦く柘榴一粒づつ甘し(鷹羽狩行)

うなだれて灰汁桶のぞく柘榴哉(寺田寅彦)

去年の実の柘榴にありて雪降れり(永井龍男)

口あけて柘榴のたるる軒端哉(正岡子規)

実石榴のはじけて夕日集めけり(中村 佳子)

幾刻ぞ月と石榴の位置かはる(加藤楸邨)

庭の柘榴床の柘榴を笑ふらく(寺田寅彦)

徒食の身ぶらぶら石榴にも似たり(高澤良一)

柘榴の粒幾百食はば寂しさ消ゆ(橋本多佳子)

柘榴の裂けすでに継げざるまで深く(橋本多佳子)

柘榴揺れゐてさ迷へる国ありき(飯田龍太)

柘榴火のごとく割れゆく過ぎし日も(加藤楸邨)

柘榴盛つて女人の座とす十三夜(長谷川かな女)


更新日:2023年12月13日 水曜日 21:06

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