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織田秀信公の墓所で曼殊沙華神々しく♡秋彼岸の橋本・善福寺旧跡~市民ら冥福祈る

秋分の日の9月23日、和歌山県橋本市向副にある戦国武将・織田信長の嫡孫(ちゃくそん)・織田秀信公の墓所では、神々しい曼殊沙華(まんじゅしゃげ)が沢山開花、人々も秀信公を偲びながら供花、冥福を祈った。

ここは善福寺・旧跡。郷土史家の著書によると、秀信公は天正8年(1580)、織田信長の長男・信忠の長男として出生。本能寺の変で父・信忠は自害。秀信公は羽柴秀吉の推挙で織田家を後継、岐阜城主となった。

ところが関が原の戦いで敗退。剃髪得度(ていはつとくど)して高野山へ登るが、祖父・信長に迫害された高野聖派(ひじりは)に追われ、山麓の向副村に閑居した。

村人の情を受けて善福寺に住み、村の娘と結婚して一児をもうけ、幸せな日々を送ったが、慶長10年(1605)5月8日に病没、26年の短い生涯を閉じたという。

善福寺・旧跡には墓石の建つ墓所があり、この日、その周辺に彼岸花がいっぱい咲いて、裏山では柿が色づき、秀信公の聖地の清らかさが溢れていた。

秀信公の墓所は、国道371号の紀の川・橋本橋南側の南海高野線・踏切を渡った右側にある。

写真(上)は秋彼岸の神々しい曼殊沙華。写真(中)は供花された秀信公の墓所。写真(下)は善福寺旧跡に咲いた曼殊沙華。


更新日:2023年9月23日 土曜日 16:41

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