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前畑秀子母の碑に必勝祈願♪橋高男子ソフトテニス部

第42回全日本高校選抜ソフトテニス大会に初出場する、和歌山県立橋本高校・男子ソフトテニス部員は、3月15日、近くの古佐田橋本墓地にある、日本女性初のオリンピック金メダリスト・前畑秀子(まえはた・ひでこ)さん(1914~95年)さんの「前畑秀子の母」顕彰碑前で必勝祈願、健闘を誓った。
同テニス部は、全日本高校選抜ソフトテニス大会・近畿予選で3位入賞し、初めて全国大会の出場キップを手にした。
前畑さんは少女時代、自宅近くの紀の川で泳ぎを身につけ、名古屋市の椙山(すぎやま)女学園で猛練習。昭和7年(1932)のロサンゼルス五輪・女子200メートル平泳ぎで銀メダル。昭和11年(1936)のベルリンオリンピックで金メダルを獲得。NHK・河西三省(かさい・さんせい)アナウンサーの熱弁中継もあり、全国民を感動させた。
「前畑秀子の母」顕彰碑は、昭和7年9月20日、椙山(すぎやま)女学園の椙山正弌(すぎやま・まさかず)校長が、その前年に父母を相次いで亡くした前畑さんを激励、建立した。
この日、同テニス部の住岡篤(すみおか・あつし)顧問が、顕彰碑に供花し、部員17人が勢ぞろい。田中透(たなか・しゅう)キャプテン(2年)が「しっかり頑張りますので、見守っていてください」と祈り、全員で深々と頭を下げた。
この後、部員のうち7人は校内でテニス練習。他の8人は土肥二郎(どひ・じろう)校長や住岡顧問とともに、市役所市長室で開かれた「全国大会出場・激励会」に出席。同テニス部の大先輩である平木哲朗(ひらき・てつろう)市長から「檄(げき)」をもらっていた。
「前畑秀子の母」顕彰碑には、「孝経(こうきょう)」の「身体髪膚(はっぷ)之を父母に受く。敢えて毀傷(きしょう)せざるは、孝の始めなり。身を立て道を行い、名を後世に揚げ、以て父母を顕(あらわ)すは、孝の終わりなり」のうち、最後の「「顕父母孝之終也」が碑文として刻まれている。
今後、中学高校・運動部の必勝祈願の舞台になりそう。
写真(上、下)は「前畑秀子の母」顕彰碑に必勝祈願する橋本高校男子ソフトテニス部員と住岡顧問。写真(中)は「前畑秀子の母」顕彰碑と在りし日の前畑秀子さん。

更新日:2017年3月16日 木曜日 00:00

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