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「順教尼の記念館」再開~僧侶ら書画作品の無事喜ぶ

近隣火災で離れ座敷が類焼し、休館していた和歌山県九度山町九度山の「旧・萱野家(かやのけ) =大石順教尼(おおいし・じゅんきょうに)の記念館」は、6月10日、1か月ぶりに再開した。両腕を失くし口筆で描いた順教尼の書画作品は、幸いにしてすべて無事で、萱野正巳(かやの・まさみ)館長は「これまで通り、常設・企画展を考え、順教尼の心情を伝えたい」と張り切っている。入館無料。
同館は、高野山真言宗の元「不動院」という里坊(さとぼう)で、高野山で得度した順教尼(本名=よね=1888~1968年)が逗留(とうりゅう)。沢山の書画作品を残した。5月11日の近隣商店・民家火災で、かつて順教尼が逗留した離れ座敷が全焼したが、母屋は類焼を免れ、保存していた書画、遺影、道具類は無傷で済んだ。
この火災で休館となり、同館の町指定文化財5周年記念企画展「心で描く仏の世界~順教尼の交友の歴史と仏画展」(~5月31日)も中止となったが、今回、隣の寺院に〝退避〟させた書画作品などを整理して、元の企画展の形に戻し、鑑賞できるようにした。
順教尼直筆の掛け軸「観音座像」「三仏飛来」や書の「佛」、同家に伝わる江戸時代後期の画家・狩野栄信(かのう・えいしん)の三連幅「寿老人」「松と鶴」「竹と水」などを展示している。
この日、聖徳太子が建立したとされる日本最初の観音霊場、兵庫県宝塚市の真言宗中山寺派大本山・中山寺の西田義範(にしだ・ぎはん)住職と、順教尼を敬愛する主婦の米川三千緒(よねかわ・みちお)さんらが訪れ、萱野家の先祖代々の位牌を祀る仏壇に向って、理趣経(りしゅきょう)を唱え、同館の再開を讃えた。
西田住職は「火災の延焼が、離れ座敷でぴたりと止まり、萱野さんご自身と、順教尼さんの遺作が無事だったこと。これは、まさに仏様の御加護ですね」と喜び、米川さんは「火事の際、町役場の職員約30人が駆け付けて、リレー式で順教尼さんの作品を運び出してくれたと聞いて、その貢献ぶりに感激しました」と話した。
萱野さんは「私は離れ座敷で寝起きしていたので、衣類など身の回りの物は、すべて焼失してしまいました。それでも、衣類など生活必需品を、親切に届けて下さる方々が居られます。昔、文芸評論家の亀井勝一郎(かめい・かついちろう)さんに教わった『友は人生の宝石』という言葉が、今はとくに身に沁みます」と語った。
順教尼は、大阪・道頓堀生まれ。17才の時、養父の狂乱により、両腕を切り落とされた。後にカナリアがヒナにえさを与える姿を見て、「両手がなくても、物事はできる」と悟り、書画の道を邁進。障害者の社会復帰にも尽くした。
旧・萱野家は南海高野線・九度山駅から徒歩約7分、九度山郵便局のすぐ近く。開館時間は午前10~午後4時半(入館は午後4時まで)。休館日は毎週月曜、火曜日(祝日は開館)と年末年始(12月25日~1月10日)。
同館(電話&ファックス=0736・54・2411)。
写真(上)は西田住職=左=らに順教尼の遺作の無事などを説明する萱野館長=右。写真(中)は素晴らしい順教尼の作品。写真(下)は狩野栄信と順教尼の作品を観賞する西田住職ら。

更新日:2015年6月11日 木曜日 00:00

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