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高野山・中門へ四天王像の安置開始~来春開眼法要

世界遺産・高野山真言宗総本山・金剛峯寺(和歌山県高野町)の壇上伽藍(だんじょうがらん)入口で再建された「中門(ちゅうもん)」正面両側に10月23日、京都の大佛師(だいぶっし)・松本明慶(まつもと・みょうけい)さん(69)が解体修復した、多聞天像(たもんてんぞう)と持国天像(じこくてんぞう)が、約170年ぶりに安置された。24日には松本さんが新造した増長天像(ぞうちょうてんぞう)と広目天像(こうもくてんぞう)が安置され、午後4時から、これら「四天王像」に御法楽(ごほうらく)が営まれ、来年4月2日の「高野山開創1200年記念大法会」で、中門・落慶法要と四天王像の開眼法要が営まれる。
中門は高さ16メートル、幅26メートルの二層造りの朱色の楼門。四天王像は、いずれも高さ約5・1メートル(台座含む)で、重さ約500㌔。二天像と呼ばれる多聞天像と持国天像は、永治元年(1141)に新造され、中門に安置されたが、文化6年(1809)の中門火災で、ほとんど焼失。今の二天像は、その時に残った二天像の手や衣などを活用、文政2年(1819)に再現され、ながらく伽藍・西塔に安置、10数年前から伽藍・大塔に安置されていたという。
平成24年(2012)8月からは、経年劣化のため松井さんの工房で修復。工房では、頭や胴体、手足など各部分を外し、ほだ木や接着剤などを使って、像の各部分の歪みやズレを修正、布を巻いて柿渋(かきしぶ)や漆(うるし)を重ね塗りし、本来のしっくりした茶褐色に仕上げた。
一方、増長天像と広目天像は、金剛峯寺の依頼により、同月から新造に着手。試みに30~60センチ程度の、小さな雛型(ひながた)6体を造り、創意工夫を重ねたうえ、本体造りに取り組んだ。
松本さんは、「悪者は通さん」とばかりに、大手を広げた増長天像の胸には、しっかりしたトンボ(蜻蛉)をとまらせ、かっと目を見開いた広目天像の胸には、しゃんしゃんと勢いよく鳴くセミ(蝉)をとまらせた。「増長天は、悪に対して、一歩も引かないので、前へ前へと飛ぶトンボを、広目天は睨(にら)んでいるので、聴かせることも大切なセミを添えました」と解説した。
松本さんは弟子約20人とともに、23日朝、二天像をトラックに載せて、高野山に到着。松本さんの指示で、弟子たちは、クレーンを使い、足場を組んで、中門正面東側に多聞天像、同西側に持国天像を安置した。翌日も同じ方法で、同背面に増長天像と広目天像を安置する。
松本さんは「今回の四天王の修復・新造に際しては、金剛峯寺から〝思う存分やってください〟と言っていただき、とてもうれしかった」と前置きし、「これら四天王像は、私として、最高の出来栄え。今後1000年以上、耐えてくれるはず」ときっぱり。「解体修復は、江戸時代の佛師の手法に従い、忠実に修復しました。また、増長天像と広目天像は、力強い質感、バランス、リアリティーを重んじました」と話した。
参拝・観光客に対しては、「この中門をくぐる際、四天王像を見上げて、〝ああ、見守ってくれている〟と感じていただけたら、本望です」と締めくくった。
写真(上、中、下)は、再建された中門・正面に解体修され、復安置された多聞天像。

更新日:2014年10月24日 金曜日 00:00

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