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妙楽寺再建へ荒廃・本堂を撤去、大楠を伐採

和歌山県橋本市東家3丁目の真言律宗・妙楽寺(岩西彰真住職)の本堂再建、山門修復に向けて、10月22日、荒廃した本堂や土塀の撤去と、大楠の伐採作業が行われ、無事終了した。
早朝から、専門業者と東家区役員や同寺の愛宕大権現に奉仕する「あたご会」の計約10人が参集。互屋根が崩落した木造平屋の本堂は、菊花紋入り丸互約20枚と門柱、屋根を支える蛙股(かえるまた)を残して、すべて撤去した。
大楠(直径約70センチ、高さ、枝張りとも約20メートル)は、上部から順番にチェーンソーで伐採し、クレーンで吊り下ろした。うち幹の下部分(長さ4メートル)は、将来、本堂の須弥壇(しゅみだん)や、柱などに活用あできるように、愛宕山の境内に仮置きし、乾燥させる。
同寺は820年(弘仁11)、嵯峨天皇の勅願で弘法大師・空海が創建。戦国時代に焼失するなど、再興を繰り返したが、江戸時代末期には〝一堂一僧坊〟にまで荒廃。今では無檀家となり、山門、本堂は倒壊寸前の状態になっていた。
このため、仏像3体(県重要文化財)は橋本市郷土資料館で保存。最近では、同寺の観音菩薩立像(鎌倉時代後期~平安時代初期)が、県立博物館の調査で、紀ノ川筋で最古の仏像であり、山門も文化財的価値が高いことが判明している。
この日の作業で、今は山門を残すだけとなった妙楽寺の光景について、地元の人たちは「ここは旧高野、大和両街道の要衝に近いところ。かつては、奈良、京都、大阪などからの参拝者でにぎわっていたところ」と話し、「これまでのような、本堂も大楠もない、この風景は、なんとも寂しい限り。往時のように山門を頑丈にして釣鐘をかけ、本堂も再建して仏像を戻し、だれもが拝観できるように…」と期待した。
東家役員らは、超一級の文化財を所蔵する名刹でありながら、まったく檀家のないことにより、荒廃を招いたと解釈。奉賛会を設立して、妙楽寺存続の重要性を訴え、再建資金を調達するなどの善後策を検討している。
終日、汗を流した「あたご会」の笹山積穂会長は「愛宕山の境内隅に花壇を設けるなど、妙楽寺を盛り上げたい」と話し、東家区の森下功区長は「妙楽寺の復興には、その重厚な日本の歴史認識と、内蔵する文化財保護の気持ちを基に、多くの善意の人たちの、協力を仰ぐ以外ありません」と厳しい胸のうちを語った。
写真(上)は本堂と大楠を撤去し山門だけを残した妙楽寺。写真(中)は大楠を伐採し、クレーンでつり下ろす妙楽寺での作業。写真(下)は本堂撤去、大楠伐採前の妙楽寺の光景。

更新日:2012年10月22日 月曜日 16:49

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