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「懸仏は心映す秘仏代わりの鏡」郷土史家瀬崎さん

和歌山県橋本市の郷土史家・瀬崎浩孝さん(隅田町下兵庫)は、橋本市教育文化会館3階で開かれた高齢者サークル〝福寿教室研修会〟で、「橋本市菖蒲谷の熊野神社の懸仏(かけぼとけ)」をテーマに講義した。「懸仏は本尊(秘仏)の代わりに拝まれてきた」ことや、「熊野神社では、懸仏9面が廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)から免れた」と解説。最後に「皆さん、珍寿(ちんじゅ=112歳以上)まで、長生きしてくださいね」と激励した。
瀬崎さんは元橋本市郷土資料館長。今年3月、瀬崎さんが執筆、同資料館が発行した冊子「熊野神社の懸仏(菖蒲谷区)」を全員に配布し、壁に「仏像の変遷」の写真入り年表を掲示して、わかりやすく講義した。
〝福寿教室〟は橋本市民大学いきいき学園の卒業生たちでつくる勉強会で、瀬崎さんは先ず、「各寺院は、本尊の仏像が傷まないように、それを〝秘仏〟としています。その代わりに作られたのが懸仏です」と、秘仏の生まれた訳を話し、「懸仏は、青銅製の円形で、仏像を表わした鏡です。鏡とは、自分の姿とともに、自分の心を映すもので、秘仏の代わりに本堂に懸けて拝まれてきました」と解説した。
その上で、「熊野神社の上遷宮(じょうせんぐう)が執り行われた平成4年(1992)、同神社隣の普賢寺本堂わきの〝お経蔵〟から、9面の懸仏(鏡)を発見し、平成9年(96)には、橋本市から文化財に指定されました」と紹介。
このことについて冊子では、室町時代~江戸時代初期に作られた阿弥陀如来像3面、聖観音像、地蔵菩薩像、十一面観音菩薩像、蔵王権現像各1面、不明2面の懸物(直径8センチ~19センチ)」と記されている。
例えば、阿弥陀如来像は、真ん中に如来像を打ち出し、左右に花瓶を配し、火焔光背(かえんこうはい)は槌打ち手法で表わし、周囲を連珠で飾っている。また、蔵王権現像は、修験道の最高の礼拝対象で、吉野の金峯山・蔵王堂の本尊。役行者(えんのぎょうじゃ)が衆生救済のために感得したもので、像は右足を高く踏み上げ、右手に三鈷杵(さんこしょ)、左手を腰にあてて、逆髪の忿怒相をしている
瀬崎さんは、9面の懸仏を説明した後、「弥勒菩薩には、すべてを見通す白ごうがあり、何でも聴こえる大きな耳があります。人には寿命がありますが、地蔵菩薩は56億7000万年後まで、救済してくれるし、その後は弥勒菩薩が面倒を見てくれます。皆さん安心してください」と言って、皆を喜ばせた。
このほか、「橋本・伊都地域は、奈良のすぐ隣り。県内の14廃寺のうち、古佐田廃寺、神野々廃寺、名古曽廃寺、佐野廃寺の4廃寺があった。1500年前には、県境の真土の坂から、三重塔が見えたわけです。弘法大師・空海も若い頃、きっと、このあたりを歩いたことでしょう」とロマンを語った。
最後に「皆さんはせいぜい古希(70歳)、喜寿(77歳)、傘寿 (80歳)を経た程度でしょう。まだまだ米寿(88歳)、卒寿(90歳)、白寿(99歳)、茶寿(108歳)、皇寿(111歳)、珍寿(112歳以上)があります。これからですよ」と締めくくり、参加者から拍手を浴びていた。
写真(上)は「懸仏」について講義する瀬崎さん。写真(中)は熊野神社・普賢寺で発見された懸仏。写真(下)は瀬崎さんの話を真剣に聴く参加者たち。

更新日:2012年5月28日 月曜日 06:04

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