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崩落「妙楽寺」再建・再興を検討…区民の参画募集

    屋根が崩落した妙楽寺本堂
    屋根が崩落した妙楽寺本堂
    屋根が崩落した妙楽寺本堂
    崩落した妙楽寺本堂の屋根
    崩落した妙楽寺庫裏の内部
    崩落した妙楽寺庫裏の内部

今夏の台風豪雨で屋根が崩落した和歌山県橋本市東家3丁目3番24号、真言律宗・丹生山薬師院「妙楽寺」の本堂・庫裏について、地元の東家区(森下功区長)は、近く「妙楽寺再建・再興検討委員会」(仮称)を設けることにし、同委員会へ参画する区民を募集している。同寺は、平安時代の雰囲気を残す名刹だが、本堂・庫裏が朽ち果てているため、本尊・薬師如来座像など3体(県重要文化財)は、橋本市郷土資料館で保存されている状態。森下区長は「地元の歴史的な寺院であり、区民の方々の意見を十分拝聴したうえで、よりよい方向を決めたい」と言っている。
同寺は820年(弘仁11)に嵯峨天皇の勅願で弘法大師・空海が創建。創建時の建物は南の大森26社権現社の西隣にあり、広大な敷地に七堂伽藍(しちどうがらん)が整い、淳和天皇(786~840)の時、同寺を空海の姪・如一尼が賜って、以来、尼寺として存続した。
戦国時代には、織田信長の高野山攻めのあおりを受けて焼失。何度か再興を繰り返したが、本堂と本尊・薬師如来座像、脇侍(わきじ)・大日如来座像、同・薬師如来座像の3体、さらに山門については、焼失を免れてきた。3体の古さは700年以上と推定されている。
江戸末期には〝一堂一僧坊〟に荒廃。寺領は上地令で政府に召し上げられ、無住寺、無檀家となり、山門、本堂、庫裏すべて老朽化。所蔵する仏像の損傷が気遣われた。
地元の東家区(東又良一・当時区長)の働きかけで、和歌山県は2005年5月、この3体(橋本市郷土資料館に保存)を重要文化財に指定。本堂や山門は、文化財に指定すると莫大な修復費用がかかるためか、指定されないまま現在に至っている。
すでに、同寺役員は11月10日、善後策を協議し、菊花紋入りの貴重な互や、本堂の欅(けやき)の柱、梁(はり)などを保存、本堂と庫裏を撤去することに決めている。
東又・前区長は、区民への〝お知らせ〟の中で「名山が朽ち果てるのは、いかにも惜しい。一日も早く(薬師如来座像など3体を)本堂に設置でき、皆様がお参りできる事を念じてやみません」と記述。森下区長は「妙楽寺役員や区役員が協議した結果、〝広く区民の意見をいただき再建、再興を図ってはどうか〟ということになりました」と言っている。


更新日:2011年12月8日 木曜日 06:49

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