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「橋本の秋祭り」(下)~隅田八幡の〝担ぎ屋台〟

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威勢よく練り歩く隅田八幡神社のお神輿
    威勢よく練り歩く隅田八幡神社のお神輿
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威勢よく練り歩く隅田八幡神社のお神輿
    隅田八幡神社の境内を練り歩く担ぎ屋台(だんじり)
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隅田八幡神社の秋祭りをPRするポスター
    隅田八幡神社の秋祭りをPRするポスター

10月8日が宵宮、9日が本宮の「橋本の秋祭り」(下)は、9日(日)の本宮に行われる絢爛豪華(けんらんごうか)な橋本市隅田町垂井、隅田八幡神社(寺本嘉幸宮司)の〝担ぎ屋台〟(だんじり)を紹介する。
この神社は、神功皇后が外征より帰朝した際、滞留した旧跡であり、貞観元年(859)、欽明天皇の勅(ちょく)によって勧請(かんじょう)されている。
鎌倉時代以降は、豪族・隅田一族の氏神(うじがみ)、江戸時代は隅田荘16か村の産土神(うぶすながみ)として繁栄した。神社には日本最古の金石文入り、国宝「人物画象鏡(じんぶつがぞうきょう)」(現在、東京国立博物館に収蔵)が伝わっていたほどの、名高く、古い社である。
同神社の秋祭り一番の見ものは、9日の本宮の際、境内などで繰り広げられる、名物〝担ぎ屋台〟にある。橋本市恋野(中道)、宮本(中下)、下手(河瀬)、山手(境原)の4地区から、各1台の担ぎ屋台が、同神社境内に勢ぞろいする。
担ぎ屋台は、地車の車輪の代わりに、2本の担ぎ棒を取り付けてある。屋台には、普通の地車のような彫刻はないが、そのかわり、屋台を包む幕は、高級の羅紗(らしゃ)や縮緬(ちりめん)で作られている。幕には中将姫や武士、日清日露戦争などの、人物や光景が刺繍(ししゅう)されていて、優雅かつ絢爛である。
午前11時、本殿で神官による祭典があり、午後1時半から、〝神輿渡御(みこしとぎょ)〟=県無形民俗文化財=を開始。総勢300数十人の若衆が、境内で屋台を担ぎ、笛太鼓の音に合わせて、「えらいやっちゃ、負けんなよ」と掛け声を発しながら、約1時間半にわたって、屋台を上下左右に揺さぶる。
この後、屋台が〝露払い役〟として先導し、お神輿(みこし)、馬上の寺本宮司、祭員、巫女(みこ)、神具=榊(さかき)、天狗、獅子、御幣(ごへい)、鉾、長刀、弓矢、剣、唐櫃(からびつ)、太鼓、榊=、氏子総代らの行列が、約1キロ先の御旅所(おたびどころ)まで練り歩く。その姿はまさに時代絵巻さながらである。
御旅所は、今は隅田中学校になっていて、校庭に小さな祠(ほこら)がある。午後3時半から〝神幸祭〟が営まれた後、同4時ごろから、お神輿を中心に、4台の担ぎ屋台が円陣となって、グラウンドで、一斉にお練(ねり)を繰り広げる。
担ぎ屋台は13台(氏子21区のうち13地区で所有)あるが、これを4地区に分け、毎年4台が当番地区(3~4年)として宮入りする。
御神輿は氏子21区のうち、3地区が合同で担ぐため、19年に1度しか当番が回ってこない。「御神輿は一生に一度、担げたら幸せ」といわれている。
8日(土)の宵宮は、5地区から子供みこし5台が出て巡行。午後3時半、門前(紀北川上農協橋本東支店前)に集合し、同4時ごろ宮入。一方、稚児行列は、午後2時半から、隅田小学校を出発し、同神社まで約400メートルを練り歩く。
隅田八幡神社の禰宜(ねぎ)・寺本佳文さん(52)は「この祭りは鎌倉時代の放生会(ほうじょうえ)=殺生を戒める宗教行事=が起源です。〝神輿渡御〟は江戸時代末期から続く、わが国の祭りの原風景です。ぜひ、ご覧ください」と話している。


更新日:2011年10月5日 水曜日 07:27

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