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新緑の家に鯉のぼり、日本の風景ここに

鯉のぼり昭和も遠くなりにけり(水津順風)
今、思えば、昭和時代、「降る雪や明治は遠くなりにけり」(草田男)という、心にしみる素敵な俳句がありました。最近は、日本の風景の中に、鯉のぼりは、めっきり少なくなり、〝鯉幟の橋渡し〟や〝床の間に飾る鯉のぼり〟が、主流になってきました。しかし、江戸時代には、三度の飯を我慢してでも、庶民は松竹梅の盆栽を買い求め、丹精込めて育てていた日本人の美意識。それは西洋人を驚かせたといわれています。
日本の風景が、だんだん薄れてきて、残念至極と思っていたら、和歌山県橋本市橋谷の和田一美さん(48)方の、家の空に、見事な鯉のぼりが、家族そろって風に吹かれていました。「ああ、久しぶりに見る、日本の風景」と、思わず息をのんだのは、私だけではないでしよう。
和田さんは、わざわざ山から伐り出した高さ約10メートル、直径15センチのヒノキのポールを庭に立てて、先端から色あでやかな吹流しを流し、真っ黒なうろこの父、真っ赤なうろこの母、水色と緑色のうろこの子どもの、4匹の鯉のぼりを泳がしています。祖父が「2人の孫を喜ばせたい」と言って、プレゼントしてくれたものだといいます。
和田さん宅は、丘陵地にあり、周囲の山々は、すべて緑一色です。鯉のぼりは、緑の風にのって、からだをくねらせ、南海高野線の車窓や、国道371号、橋谷大橋を走るドライバーの目にとびこんできます。和田さんは「6歳の長男と、2歳の二男の健康を願って、6年前からあげています。鯉のほりは、幼少期のいい思い出になることでしよう」と目を細めていました。
                  (写真はフォトライター 北森久雄さん撮影)


更新日:2011年5月2日 月曜日 00:45

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