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あぁ日光・月光菩薩♪ツバキ咲く高山・矢倉脇の郷

「とんち」で名高い一休さんの兄弟子・養叟和尚(ようそうおしょう)の終焉の地、和歌山県橋本市矢倉脇の高山森林公園にある「矢倉脇の郷」で、綺麗な日光(じっこう)ツバキと月光(がっこう)ツバキが満開。「矢倉脇・花の会」の森脇稔(もりわき・みのる)会長は「今はツバキ、次はサクラと続きます。ぜひ、遊びに来てください」と言っている。
高山には、室町時代に宝形山・地蔵寺、「矢倉脇の郷」付近には、徳禅寺(とくぜんじ=養叟庵)があり、京都・大徳寺の高層・養叟和尚が居住した。寺院、庵(いほり)とも応仁の乱で焼失し、現在は山麓に再建されている。
養叟和尚の「矢倉脇・花の会」(34人)は、「この仏教ロマンあふれる地を伝承しよう」と考え、会員の樹医・小倉清峰(おぐら・せいほう)さんが企画・設計。平成17年(2005)、「矢倉脇の郷」に茅葺(かやぶき)屋根の「合掌(がっしょう)造り」と「隅(すみ)造り」の大小2軒の庵(いほり=模形)を建てた。
その前には4人掛けのベンチ3脚、さらに平たい石のテーブルと、それを囲む石の椅子7個を設置。周辺には日光・月光ツバキなど銘木40数本を植栽、剪定、下草刈りなどをして育ててきた。
今、日光椿は日光菩薩の心のように、花びらも花の中央も真っ赤、月光椿も月光菩薩の心のように、朱色の花びらの中央で、白く煌々(こうこう)と照り輝いている。
そこから高山に登ると、すでに森林業者の協力で、木々の間伐や道の整備が行われ、杉檜山はすっきり。近くには文明年間(1469~86)に築かれた長藪城跡の城山があり、遠くには高野山や大峯山など紀伊山地がパノラマ状に展望できる。
森脇会長は「高山山麓は大阪・和歌山の県境付近です。養叟和尚が暮らしただけでなく、1200年前には弘法大師・空海、戦国時代には真田幸村が大坂城・出陣で通ったに違いありません」と説明。「これからいよいよ花見、ハイキングシーズン。皆さん、気軽に遊びにきてください」とアピールしていた。
「矢倉脇の郷」は、南海高野線・紀見峠駅から約300メートル、高山山頂までは約2キロの距離。乗用車でも登れるが、待避場所が少ないので要注意。
写真(上)は「矢倉脇の郷」で綺麗に咲いた月光椿。写真(中)は日光椿の向こうには石の椅子&テーブルや模型の庵がある。写真(下)は木々が剪定され紀伊山地がよく見えるようになった高山。

更新日:2016年3月27日 日曜日 00:00

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