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「紀見村郷土誌」後世に~複製本完成、図書館に寄贈

「先人が残した郷土誌を、正しく後世に伝えよう」と、和歌山県橋本市の歴史研究会メンバー・樫木由光(かしき・よしみつ)さん(76)と原嘉彌(はら・よしみつ)さん(73)の2人は、約80年前に刊行され古びてしまった「紀見村郷土誌」を、長年にわたって判読し、新しい複製本として発刊した。2人は2月21日、橋本市図書館に同郷土誌を寄贈。宮井利明(としあき)館長(61)は「この図書は貴重であり、郷土資料コーナーに展示して、来館する幼稚園児や小学生に紹介したい」と語った。
旧・紀見村は、現在の橋本市柱本、紀見峠、沓掛、矢倉脇、慶賀野、橋谷、細川、境原、杉尾、北馬場、御幸辻、胡麻生で、昭和30年に合併、橋本市となった。
今回出版された「紀見村郷土誌」は、原本よりやや大きいB5判430ページで、表紙は味わい深いセピア色。樫木さんと原さんが、古びて見えなくなった文字を判読、校正を重ねて、原本を忠実に模写し、考証は郷土史家・瀬崎浩孝さんに頼み、市内の関西カーボンで製本した。定価は製本費用と同じ1冊1500円(税込)。
内容は、「キ」という文字を3つ合わせた旧・紀見村の村章や、紀伊名所図会にある「紀見峠」の宿場町の絵図、昔の地図や等高線入りの地形図などを収容。
その「序」で、同郷土誌を発刊した当時の鈴木俊一郎校長は〝紀見尋常高等小学校にて〟として、「過去現在の本村(ほんそん)の状態を幾分にても明瞭ならしめ、以て本村将来の傾向を察知して児童教育の一助ともなし、大にしては本村開発の参考や動機にもなし得ればとの念願から(前後略)」(昭和八年十二月)と述べている。
総合目次は、第1章=自然環境、第2、3章=沿革並びに交通、第4章=人口現象、第5章=村政調査、第6章=産業、第7章=衛生、第9章=神祇宗教、第10章=史蹟口碑伝説、第11章=人情風俗習慣、第12章=各種団体、第13章=人物誌に大別。
このうち「自然環境」では、位置及び境界、面積、地勢(山脈、河川、池沼)、地質構造及び土壌(和泉山脈の成因、本地方の構造線など)、気象(気温、雨量、風光)を記し、「沿革並びに交通」では、大化の改新に至る迄の人文、徳川時代における農村紀見村、明治維新後の紀見村などをまとめ、教育では紀見尋常高等小学校、柱本小学校。境原小学校の沿革や歴代校長などを列記している。
樫木さん原さんの2人は、平成5年(1993)、その原本を見た際、藁半紙(わらばんし)に謄写版印刷され、文字が薄くなって、判読するのが難しい。それでも、その原本の中身の重要性を直感し、虫眼鏡や広辞苑片手に判読、校正を重ね、ワープロやパソコンのキーボードを叩きながら、昨年2月、やっと復刻本(13冊)を完成させた。
これを知った紀見区長会(計21区)から昨年夏、「郷土の貴重な史料」として、出版要請があり、2人は改めて原本と復刻本とを対照、判読、校正を重ね、区長会からの融資により複製本512冊を出版したという。
この日、2人は「旧・紀見村を通る紀見峠は、高野山参拝の旧・高野街道です。高野参詣道は、奈良側にもありますが、郷土の人々が、この高野街道を大切に思っていた胸の内がわかる」「封建社会の中、先祖は重税にあえぎ、粗衣粗食に甘んじていたことが綴られている」などと説明。同郷土誌の寄贈を受けた宮井館長は「とても貴重な図書であり、ここに展示するとともに、子供たちにも紹介し、大切に活用させていただきます」と謝辞を述べた。
「紀見村郷土誌」の注文・問い合わせは、樫木さん(電話0736・36・4350)か原さん(電話0736・36・4355)へ。
写真(上)は橋本市図書館の宮井館長=左=に「紀見村郷土誌」を手渡す原さんと樫木さん=同図書館〝郷土資料コーナー〟で。写真(中)は「紀見村郷土誌」に盛り込まれている紀伊名所図会「紀見峠」の絵。写真(下)は今回出版された「紀見村郷土誌」=左=と約80年前に出版された同郷土誌の原本。


更新日:2014年2月22日 土曜日 00:19

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