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楽しいハイク絵図や欄間~高野線の終着駅・極楽橋

南海高野線アーカイブス22回目は、高野線の終着駅・極楽橋駅。
この駅のプロフィールを紹介しよう。1929年(昭和4)2月21日に開業。翌年6月29日には、ケーブルカーが開通し、「座ったままで高野参り」が、キャッチフレーズに。不動谷川に架かる朱塗りの「極楽橋」が、そのまま駅名になった。所在地は国有林にあるために、和歌山県高野町高野山国有林第8林班となる。
標高535メートル。現在1日の列車発着数(平日)は64本、1日平均乗降客数は43人、数字の桁数は間違っていないので…念のため。開業時と変わったところといえば、主に2台の自動改札機の設置と、ケーブル乗り場のバリアフリー化。ほとんどは当時のままの風格を残している山間の駅である。10年ほど前までは、西高野街道から同駅の全景が望めたが、今は木々が大きくなって、見えなくなったのが残念(写真上)。
では、参詣者はどのようにして、高野山に登ったのか。1934年(昭和9)の弘法大師1100年御遠忌大法会に参拝する人々を捉えた記録映画がある。映画フィルムには、団体だろうか、難波から満員の電車に乗って高野山に向う乗客の姿や、極楽橋でケーブルに乗り換えて、高野山上に登る人たち。ケーブルに乗れなかった人たち?が、牛につけた長いロープを持ち、参詣道の不動坂を登っていく光景が映し出されている。〝牛に引かれて高野参り〟である。参詣者の男も女もみんな和服姿で、当時の風俗を知るうえで貴重な記録といえる。フィルムにはまた、高野山への途中の駅、橋本駅4番ホームのシーンが出てくるのには驚いた。
あえてこの極楽橋駅の見どころといえば、いつごろからか定かではないが、コンコースに駅員が作ったという、沿線のハイキングコースを案内する絵図が掲示されていることだ。九度山から始まって高野下、下古沢、上古沢、紀伊細川、紀伊神谷、極楽橋、高野山の8駅からのハイキングコースを描いている。決して上手な絵図とはいえないが、この種の案内図はどこでもプロが制作し、プリントした画一的なものが多いなかで、手作りの絵図からは、温かさが伝わってくる(写真中)。また、ケーブルの連絡橋(写真下)にある日本古来の欄間「角継(かくつなぎ)」も珍しく、見ていて結構楽しませてくれる。今後もこのまま残してほしい駅だ。
                    (フォトライター 北森久雄)

更新日:2011年10月17日 月曜日 02:40

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