ニュース & 話題

空海の道「お接待」95年ぶり復活!高井副住職講演

和歌山県高野町の高野山・世界遺産登録15周年記念講座「高野山の年中行事 御影供(みえく)について~弘法大師空海と共にある高野山と周辺集落~」が、同県かつらぎ町総合文化会館で開かれ、高野山準別格本山・青巌寺(せいがんじ)の高井知弘(たかい・ちこう)副住職が講演、郷土史家や空海・崇敬者ら約120人が聴き入った。
高野山開祖・弘法大師・空海は、宝亀5年(774)生まれで、承和2年(835)3月21日、高野山で入定(にゅうじょう)。旧暦3月21日は旧正(きゅうしょう)御影供、毎月21日は御影供として、大師の恩恵に感謝する法要を営む。3月は正御影供、それ以外は月並(つきなみ)御影供という。
講演会は、かつらぎ町観光協会の主催で、中阪雅則(なかさか・まさのり)会長(町長)が「高野山を核に関係市町が協力して信仰・文化を盛り上げたい」と挨拶。高野町の平野嘉也(ひらの・よしや)町長は「私たちは高野山の歴史を学び、貴重な世界遺産を次世代に残すことが使命です」と謝辞を述べた。
高井副住職はパソコンを使って、写真や要約文をスクリーンに投影しながら、正御影供など高野山年中行事を説明した。
とくに今回大切な「教良寺区(きょうらじく)接待」について、同地区を通る高野参詣・町石道(ちょういしみち)には、弘法大師・空海の石像が立ち、そこに接待場があって、古くから地元有志が参詣人に握り飯や湯茶のお接待を続けてきた。
ところが、大正14年(1925)に南海高野線が高野下駅まで開通した途端、歩く参詣人は激減し、お接待も行われなくなっていた。
そこで高野七口再生保存会は、かつての参詣の歴史を取り戻そうと、現地に木製ベンチを作成・設置。今年3月21日の御影供には、教良寺区の住民有志が、95年ぶりにお接待を復活させ、参詣人に湯茶などを振る舞う、と話した。
接待の動機については「弘法大師信仰に基づく作善・布施行(さぜん・ふせぎょう)、巡礼者への慈悲心、先祖(故人)供養」で、接待の主体者は「個人、地域(近隣)、接待講(遠隔)」があり、接待の約束事は「参詣人と共にある弘法大師(同行二人)に差し上げることなので、原則、拒まないことが礼儀」と語った。
中阪会長は主催者挨拶の中で、御影供の3月21日(土)には、世界遺産登録15周年記念ツアー「語り部とともに歩く 紀伊山地の霊場と参詣道」を開催し、教良寺区の接待場では、地元有志によるお接待が復活すると紹介。司会役を務めたFMはしもと社長も「ぜひ楽しく参加、体験してください」と呼びかけた。
同催しは一般社団法人 高野山麓ツーリズムビューローと共催。同日午前7時~同30分、九度山町の道の駅・柿の郷くどやま集合・受付。慈尊院~高野山(約20キロ・約8時間)を歩く。参加費は1万1000円(税込)=語り部案内、軽食、昼食、保険代など。申込み締切は3月4日(水)。問合せ・申込みは同ツーリズムビューロー(電話=0736・33・3922、FAX=0736・33・3984)
E-mail:info@koya36.com
なお、高井副住職の講演内容は、FMはしもとが2月22日(土)正午から数回にわたり放送する予定。
写真(上)は教良寺区の接待場をスクリーンに映して説明する高井副住職。写真(中)は明るい表情で講演する高井副住職。写真(下)は弘法大師・空海の石像が立つ教良寺区の接待場=木造ベンチは高野七口再生保存会が製作・設置した。

更新日:2020年2月11日 火曜日 00:00

関連記事

ページの先頭に戻る

  • 標準
  • 大
  • RSS
  • サイトマップ

検索

過去の記事