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高野紙(中坊さん作)寄贈~貴重!紙遊苑展示保存へ

紀州高野紙の紙漉き名人、和歌山県九度山町下古沢の中坊佳代子(なかぼう・かよこ)さんの、50数年前の紀州高野紙が、それを大切に所蔵していた橋本市民から、九度山町紀州高野紙伝承体験資料館「紙遊苑」に寄贈された。下西徳義(しもにし・とくよし)苑長は「今は残っていない昔のままの紀州高野紙。当苑で大切に展示保存したい」と話している。
紙遊苑によると、紀州高野紙は、弘法大師・空海が中国から製法を伝えたとされる手漉き和紙。鎌倉時代初期には経典の印刷用紙や、経巻の書写用紙、明治以降は傘紙(かさがみ)や障子紙(しょうじがみ)、合羽(かっぱ)、提灯紙(ちょうちんがみ)などに使用されてきた。
最盛期の大正時代中頃には、「高野十郷(こうやじゅうごう)」(九度山町古沢、河根地域など)の約100軒で紙漉きが行われていたが、紙の大量生産時代とともに激減。昭和40年(1965)頃には中坊さん1軒となり、その中坊さんも高齢化のため平成20年(2008)頃に引退した。
中坊さんと同じ下古沢在住の下西苑長は「昔の紀州高野紙(古沢紙)を永久保存しなければ」と考え、実物を必死で探したが、どこからも「所有情報」を得られなかった。
そんな中、橋本市御幸辻のフォトライター・北森久雄(きたもり・ひさお)さんが3月27日、紙遊苑を訪れ、中坊さん手漉きの和紙7枚を寄贈した。
これは約10年前、同市隅田町の医師・田中治(たなか・おさむ)さん(故人)から、北森さんに譲られたもので、丸く包んだ表紙には「北森様 約40数年前に中坊佳代子様の漉いて下さった高野紙(古沢紙)です 僅少ですが御使用下さい」と書かれており、中坊さんの50数年前の手漉き和紙に間違いない。
6枚は白っぽい紀州高野紙で、あとの1枚は、楮(こうぞ)の表皮と藁(わら)を混ぜた「黒皮和紙」(各長さ44センチ、幅30・5センチ)。いずれも折り目や破れ目もなく、漉かれた当時のままの形で保存されていた。
紙遊苑では4月20日~5月26日、「紙遊苑創設20周年記念・和凧展」を開催し、そこに今回の「中坊さん手漉きの紀州高野紙」を展示する方針。
北森さんは「これは中坊さんが丹精込めて漉き上げ、田中先生がご自宅で大切に保管されていた純粋の和紙です」と説明。下西苑長は「こんな貴重な和紙は他にございません。紀州高野紙の里・高野十郷の宝物であり、紙漉き体験指導の素晴らしい手本にもなります」と喜んでいる。
同苑の開苑時間は午前9時~午後4時半(入苑は同4時まで)=紙漉き体験は午後3時まで。休苑日は毎週月曜・火曜日(祝日は開苑)と年末年始(12月27日~1月5日) 。入苑無料。紙漉き体験=実習材料費(はがき大3枚か、色紙大1枚=個人300円、団体250円)=要予約。
問い合わせは紙遊苑(電話=0736・54・3484)。
写真(上)は寄贈された中坊さんの手漉き紀州高野紙=披露する下西苑長。写真(中)は紀州高野紙の紙漉き風景=九度山町史より。写真(下)は同紙遊苑に中坊さん作の紀州高野紙を寄贈した北森さん。

更新日:2019年3月29日 金曜日 00:00

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