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世界遺産・黒河道を研究歩行♪大阪の学生26人

大阪市阿倍野区の大阪市立デザイン教育研究所・1年生の学生26人は、7月12日、和歌山県橋本市賢堂の世界遺産・黒河道(くろこみち)入口の高野山真言宗・定福寺(じょうふくじ)で、地元関係者から黒河道の歴史・文化を学び、夏の黒河道を研究歩行体験した。
黒河道は定福寺~五軒畑岩掛観音~鉢伏(はちぶせ)弘法井戸~明神ヶ田和(みょうじんがたわ)~市平橋(いちだいらばし)~林道合流~久保小学校~茶堂跡~粉撞(子継)峠(こつぎとうげ)~女人堂跡間の約16キロの高野参詣道。
この日、中塚千帆(なかつか・ちほ)、丸尾紘美(まるお・ひろみ)両専任講師、宮本昌彦(みやもと・まさひこ)准教授ら率いる学生たちが、定福寺・本堂わきの庫裏(くり)・晴れの間に参集。1年生の山下綾加(やました・あやか)さんと瀬筒清華(せづつ・さやか)さんの司会で開会した。
生地清祥(おいじ・せいしょう)住職は「当寺は高野山・金剛峯寺の末寺・里坊(さとぼう)で、御本尊は阿弥陀如来、1000年以上の歴史があります」と歓迎。橋本市教委の小林俊治(こばやし・しゅんじ)教育長も「きょうは険しくも自然豊かな黒河道を歩いて、その成就感を味わってください」と挨拶した。
高野七口再生保存会の入谷和也(いりたに・かずや)事務局長は、学生全員に配布したマップ「高野参詣道 黒河道(くろこみち) 京大坂道(きょうおおさかみち)を歩く」をもとに、高野参詣の途上にある「弘法井戸」「明神ケ田和」「春日社神木の桂の木」など、いろんな要所を説明。
黒河の会の山本一清(やまもと・かずきよ)さんが、橋本の基礎を築き豊臣秀吉の高野山攻めを防いだ、木喰応其(もくじきおうご)上人の史実とともに、「秀吉が高野山厳禁の歌舞音曲を催したため、神の逆鱗(げきりん)に触れ、たちまち雷鳴(らいめい)がとどろき、馬で黒河道を逃げ帰った」という逸話などを紹介した。
さらに「ふる里の山に花を会」の上野剛敬(うえの・たけひろ)会長や、山本洋久(やまもと・ひろひさ)事務局長らが、「昔良かった黒河道沿いの山々は、人口減少とともに荒廃。そこで先ず、古い棚田に桜を植えるなど、ふる里を良くしようと思い、頑張っています」と話した。
学生たちは、その挨拶・講演内容を、丹念にビデオカメラ(動画撮影)に収録したり、ペン&ノートで要点メモを取ったり。都市部では滅多に聞けない話を心に刻んだ。学生たちは庫裏で昼食の後、生地住職や黒河道探究の世話役で高野組子細工師の池田秀峯(いけだ・しゅうほう)さんとともに、定福寺本堂をバックにして記念撮影。
全員、夏帽子をかぶり、リュックサックを背負うなどして、元気よく出発。夏草に覆われた九十九折(つづらおり)の坂道を登って行った。
一行は同日、市平橋近くのキャンプ場で一泊。13日は、椎出地蔵寺の塩谷光隆(しおたに・こうりゅう)住職、椎出鬼の舞保存会の河合達哉(かわい・たつや)会長、池田秀峯さんらが、黒河道や地域の歴史・文化などを説明することになっている。
宮本准教授は「黒河道でのスマートホンなどの交信状態を検証するほか、ビデオカメラで黒河道の光景を撮影。学生が感じた黒河道の素晴らしさをユーチューブに載せる一方、JR・南海の橋本駅長にご覧いただくことになっています」と説明。池田さんは「今回の歩行体験が学生たちのデザイン研究に生かされ、それが黒河道のアピールになればうれしいです」と話していた。
写真(上)は定福寺をバックに記念撮影する大阪市立デザイン教育研究所の学生たち=中央は生地住職と池田さん。写真(中)は黒河道を登る学生たち。写真(下)は生地住職の話を聞く学生たち。

更新日:2018年7月13日 金曜日 00:00

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