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橋本駅「ゆかいな図書館」表彰♪読書運動推進協議会

和歌山県橋本市のJR・橋本駅の「ゆかいな図書館」=阪口繁昭(さかぐち・しげあき)世話人代表=は、読書運動の推進に尽力したとして、公益社団法人・読書運動推進協議会=野間省伸(のま・よしのぶ)会長=から表彰された。同図書館は珍しく駅構内にあるうえ、「本の持ち出しが自由」であり、かつて作家の五木寛之(いつき・ひろゆき)さんも称賛。阪口代表は「モラル&セルフをモットーに、これからも通勤・通学客が気楽に立ち寄れるよう努力したい」と誓っている。
同図書館は平成10年(1998)9月25日、1番ホーム待合室を改造して開設した。当時、待合室が「ごみ投棄」や「隠れ喫煙場」として、青少年非行の温床となっていたため、橋本市教委や市議会が「図書館に変更を」と要望。JRは橋本駅前で清掃奉仕している地元有志が、管理・運営に当たることを条件に承諾、待合室を図書館に変更した。
橋本市教委の依頼で、駅前清掃奉仕メンバーは、同図書館の「世話人会」を結成。図書館の名称には一般公募で選ばれた橋本高校2年生の岩崎遥香(いわさき・はるか)さんの「ゆかいな図書館」と決めた。
管理・運営は▽貸出簿は作らない▽図書の持ち出しは自由▽自主的に返却してもらう▽という「モラルとセルフをモットーとする受付のない図書館」とした。全国の家庭で不要になった図書の寄贈を募り、こじんまりとした「駅の図書館」がスタートした。
同図書館に立ち寄った五木さんは、平成12年(2000)4月の日刊ゲンダイ連載「流されゆく日々」の中で、「係員とか、そういう人がまったくいないところがいい」「聞けば、どの本でも勝手に借り出して、家に持ち帰って読んでかまわないことになっているらしい」「本好きな市民の善意を信じようという、小さな図書コーナーの発想がとてもいいと思った」と、その素晴らしさを記している。
橋本駅は平成23年(2011)、バリアフリー化工事で全面改築され、図書館は改札口の外側通路わきに移築して、3月1日に新装オープン。館内は約15平方メートルの広さで、通路側が入口、南側は明かり窓、東側に本棚、西側を座席(6人)とした。
JRと世話人会の連携により、図書館には市民特製のダイヤ表を掲示、電車の発着アナウンス・放送設備も完備し、壁には匿名で寄贈された電波時計、椅子には座布団が敷かれている。
各自自由に持ち帰った図書は、返却されない場合も多く、一時は図書不足で、閉館寸前となったが、読売新聞などで「図書不足」と紹介されると、全国から図書寄贈が相次ぎ、息を吹き返した。寄贈本は通算1240件、1万7800冊を超えるという。
阪口代表ら世話人会メンバーは発足当時22人、現在は15人で、各自、腕章を巻き、引き継ぎ日誌を付け、寄贈本の補充・整理に貢献している。
毎年8月には終戦記念日(15日)に合わせて、戦争関連の本を並べた「戦争文庫」を開き、戦争の悲惨さと平和の尊さをアピール。JR和歌山線の駅弁・包装紙の展示や、SL、お召列車、駅前の市街地開発前の古い街並みなどの「写真展」も開催。多くの乗降客の読書タイムの場、電車待ちの場として、喜ばれている。
このほど橋本市教委で表彰式があり、小林俊治(こばやし・しゅんじ)教育長から、阪口世話人代表に表彰状、メンバーの元・紀北工業高校教諭・池永惠司(いけなが・けいじ)さんに記念品(図書カード)が手渡された
阪口代表は戦時中、満蒙開拓義勇軍として旧・中ソ国境を転戦、シベリヤ抑留後に帰国した辛い経験の持ち主。その阪口代表は「図書館の奉仕活動は大変ですが、私たちも人生修養になりました。戦争文庫は毎年好評だし、今後も橋本市図書館と連携しながら、皆様に愛される図書館にしたい」と話していた。
写真(上)は小林教育長から表彰状を受ける阪口代表と世話人の池永さん=橋本市教育長室で。写真(中)は自由に読書できて本の持ち帰りも自由な「ゆかいな図書館」。写真(下)は机上にシベリア抑留のイラスト・写真を張り付ける阪口・世話人代表=右=や橋本高校・生徒会役員ら=昨年8月、ゆかいな図書館で。

更新日:2018年2月3日 土曜日 00:00

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