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戦国武将・幸村の里アピール!甲冑真田隊に知事表彰

戦国武将・真田幸村ゆかりの和歌山県九度山町の素晴らしさを全国にアピールしたとして、紀州九度山手作甲冑真田隊=梅下修平(うめした・しゅうへい)隊長(47)=は、県知事表彰と観光功労者表彰を受賞した。同甲冑真田隊は、平成22年(2010)に結成以来、地元や信州上田の真田まつりなどに参加し、とくにNHK大河ドラマ「真田丸」が放送された平成28年には、多彩な演武を繰り広げて大活躍。梅下隊長は「この受賞をバネに一層奮起し、ふる里の活性化に働く」と張り切っている。
幸村は関が原の戦いで、父の昌幸(まさゆき)と共に豊臣秀吉方についたが、軍配は徳川家康方にあがり、昌幸や妻の春(はる=竹林院)と共に紀州・九度山に蟄居(ちっきょ)。大坂の陣・出陣までの14年間を高野山麓の紀の川畔で過ごした。九度山はその戦国ロマンのしみじみとした舞台である。
梅下隊長と西辻香(にしつじ・かおり)副隊長(54)らは、平成21年(2009)から、「町家(まちや)の人形めぐり」を主催する九度山住民クラブ=阪井賢三(さかい・けんぞう)代表=の一員として、紙製の甲冑作りを開始した。
その翌年には紀州九度山手作甲冑真田隊を結成し、地元はもちろん、初代城主・昌幸の信州・上田城の「真田まつり」の武将行列に参加するなど、地域アピールに邁進(まいしん)。
同25年には紀州九度山真田鉄砲隊、同28年には紀州九度山真田武将隊を結成。衣装の鎧兜(よろいかぶと)や具足なども、その材料を「紙」から「鉄・アルミ」に替えて製作。
梅下・西辻正副隊長率いる甲冑隊(18人)、鉄砲隊(6人)、武将隊(7人)は、九度山では「真田まつり」「芸術祭」「収穫祭」「防災たいそう」花火まつり」(九度山)など、町外では「わかやま国体オープニングセレモニー」「雑賀孫市まつり」「ぶらくり丁・みんなの学校」(和歌山市)、「こおるどフェスタ」「鍋谷トンネル開通式」「笠田まつり」(かつらぎ町)などに参加。
JR・南海橋本駅プラットホームでは、幸村のラッピング列車の乗客に、色あでやかな扇を振りかざすなど、観光客に愛想を振りまき、「あれは誰?」「九度山の武将?」などと驚かせた。
県外では、信州上田の「真田まつり」をはじめ、「火縄銃一斉射撃ギネス挑戦・達成」(熊本)、「柳生まつり」(奈良)、「大阪城真田まつり」「道頓堀水上ステージ」(大阪)などに堂々出陣。
迫力の火縄銃の射撃演武、静と動の殺陣(たて)演舞、勇壮な行列練り歩きにより、その「真田の赤備え」の甲冑姿が、多くの幸村ファンを魅了してきた。
梅下・西辻正副隊長は、このほど自らの手作り甲冑を身にまとい、橋本市の和歌山県伊都振興局で、「知事表彰」「観光功労者表彰」の受賞を報告。「これは甲冑隊だけでなく、鉄砲隊や武将隊の全員の受賞です」と説明。報道陣を前に「エイエイオー!」と勝鬨(かちどき)の声を上げて感謝を表現した。
西辻副隊長は「私たちが楽しく、街も自然も人も素敵な九度山を、このようにアピールできるのも、真田昌幸、幸村父子、正室・竹林院が住まわれたお陰です。私は竹林院役なので、これからも凛々(りり)しい幸村様=梅下隊長=を支えていこうと思います」とコメントすると、梅下隊長は「あいわかった! なるべく凛々しくしよう」と大きく胸を張り、周囲の笑いを誘って、「昨年のNHKのど自慢大会に甲冑姿で出演し、特別賞をいただいたのが、とくに思い出深いです」と話した。
梅下隊長は「来年で甲冑隊結成から満10年。隊員のうち5人は九度山、それ以外は町外在住で、高齢化も進んでいます。できたら多くの若者が入隊し、幸村の里をアピールしていただきたい」と訴えていた。
入隊希望の問い合わせは九度山町産業振興課(電話=0736・54・2019)へ。
写真(上)は和歌山県知事表彰、観光功労者表彰受賞を喜ぶ梅下・西辻正副隊長。写真(中)は九度山の真田まつりで幸村の「砲術」を披露する鉄砲隊の面々。写真(下)はJR・南海橋本駅プラットホームで観光客に「幸村の里」をアピールする紀州九度山手作甲冑真田隊の梅下・西辻正副隊長ら。

更新日:2017年6月24日 土曜日 00:00

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