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岡潔博士の声…ふる里で聴く♪松澤さんが講義録紹介

世界的超1級の数学者で和歌山県橋本市名誉市民・岡潔(おか・きよし)博士(1901~78年)の「岡博士講義録テープを聴く会」が、岡博士のふる里である同市柱本の古民家喫茶「丹波屋」で初めて開かれた。
橋本市岡潔数学WAVE=瀬岡佳史(せおか・よしふみ)会長=と、高知県の「岡潔思想研究会」=横山賢二(よこやま・けんじ)主宰=が共催。岡博士の史料編纂の第一人者と言われる松澤信夫(まつさわ・のぶお)さんや数学WAVE役員ら12人が参加した。
岡博士は大阪生まれ。幼少・中学時代に祖父の郷里・紀見村(現・橋本市柱本)で生活。京都帝国大学で学び、世界の天才・数学者でも1問解くのに100年かかると言われた、世界3大難問を唯1人で解いた超天才。文化勲章受章者で、著書には世界に冠たる「春宵十話」「日本のこころ」など文学・哲学書がある。
この日、木地茂典(きじ・しげのり)数学WAVE理事の司会で、瀬岡会長が「きょうは紀見峠の『情緒の道』を歩き、岡先生の声が聴けるのはとてもうれしい」と喜び、横山主宰が「この丹波屋に集まり、風に竹薮がそよぐ。岡先生の心が宿っているようで、感慨無量です」と挨拶した。
松澤さんは「岡先生は昭和44年頃から京都産業大学の教養科目で講義。約9年間の講義録のうち、今回は昭和46年の第6回講義録の音声を持参しました」と説明。音声を文章化した講義録を全員に配布し、静かな畳座敷のテーブル上で、46年前の在りし日の岡博士の肉声が、約40分間にわたって流れた。
先ず、「戦後日本に生まれて来た人達に、日本というものを全く教えない。家庭も教えない。学校も教えない。社会も教えない。だから若い世代は少しも日本というものを知らない」と切り出す。
次に「日本は応神天皇以前の日本を見せてもらえるなら一目でわかります」と断言したうえ、日本は昔はヒノキ造りの家に中国、インドのペンキ、明治以降は西洋、戦後はアメリカのペンキを塗って、本来の日本が見えない、と解説。
さらに本居宣長や禅師と弟子の禅問答を取り上げ、西洋思想を超越した東洋思想に言及。近代・宗教思想家・弁栄(べんねい)上人が、「内容を啓示する働きがある」とした「妙観察智(みょうかんざっち)」を挙げ、「大菩薩は妙観察智によって身を百千億に分かって衆生を済度する」と言っている」と紹介。天才・岡博士らしい講義が深く、深く続いた。
最後に参加者全員で感想を交換。瀬岡会長が「岡博士には宗教家も及ばない」と讃え、岡博士の二女・松原さおりさんと小学校時代の同級生で、橋本観光ガイドの会の森脇稔(もりわき・みのる)さんは「ここに生まれてよかった。水仙の花を見ては感動する。まさに岡先生の言う日本人の情緒が大切です」と述べた。
数学WAVEの佐藤律子(さとう・りつこ)理事は「いい御縁をいただいた。 講義録をしっかり読みたい」と喜び、奥村浩章(おくむら・ひろあき)副会長は「めぐり来て梅懐かしき匂いかな」と岡博士の俳句を口にし、「岡先生の講演は昭和36年に橋本高校で聴いて以来です。今度は松澤さんに、ぜひご講演をお願いしたい」と締めくくった。
途中、横山主宰が「おお、雪が…」と、顔を上げる。紀見峠は標高430メートル。丹波屋の窓の外に雪が舞う。参加者らは、おいしいコーヒー、お菓子をいただきながら、春の雪をながめ、再び、在りし日の岡博士の講演に耳を傾けていた。
写真(上)は「岡博士講義録テープを聴く会」で挨拶する瀬岡・橋本市数学WAVE会長。写真(中)は記念撮影に収まる前列左から瀬岡会長、横山主宰、松澤さん、奥村副会長、後列左から佐藤理事、木地理事。写真(下)は岡博士の講義録テープを聴く参加者たち。

更新日:2017年3月10日 金曜日 00:00

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