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夢を持とうね~「種まく子供たち」~佐藤さん講演

小児がんで二男を亡くした経験を持つ、童話作家で和歌山県教育委員の佐藤律子さん(同県橋本市城山台)は、10月17日、橋本市古佐田の県立橋本高校の人権講演会で、「種まく子供たち」と題して講演し、「一人ひとりの大切な命、夢を持って生きてほしい」と訴えた。
佐藤さんは1990年代中頃、会社員の夫と長男、長女、そして二男・拓也君との5人家族で、平和な暮らしをしていた。ところが96年夏、中学校3年の拓也君が小児がんを発病し、闘病のすえ、97年7月、高校1年の拓也君が永眠した。
演題「種をまく子供たち」は、佐藤さんが〝小児がんと闘った7人の手記〟をまとめた著書の題名。この本はテレビドラマ「3年B組金八先生」の金八先生(武田鉄矢さん)が、重病の長男を励ますために読んだことで、全国的な話題になり、そのうちの1話は、24時間テレビの原作にも用いられた。
この日、佐藤さんは、着物姿で登壇し、在りし日の拓也君の闘病生活などを、パソコンでスクリーンに投影して講演。1年生の198人が、床に座り、静かに聴講した。
佐藤さんは、医師から拓也君の難病を聞かされ、拓也君に「告げるべきか」「告げざるべきか」煩悶するが、ついに医師から「本人のため」として、難病であることを告知。その瞬間、拓也君は真珠のような涙を流し、黙ったまま、心を閉ざしたことを紹介。
ただ、拓也君は学校に好きな女の子がいて、すでに振られてはいたが、学校に行くのを楽しみにしていたし、学校には本人が難病であることを話さないでほしいと頼んでいた。教職員はそれを遵守し、「もしも拓也君が倒れたら、私たちが必ず橋本市民病院へ運びます」と、言明したくれたのは、とても心強く、うれしかったと述べた。
また、ある日、医師がいきなり机を叩き、いつも黙っている拓也君に対し、「お前、治りたかったら、自分の口で治してくれと言いなさい」と叱責。そのとき拓也君は初めて「ぼく治りたい。治してください」と素直に頼むと、医師は「本気なら治してやる」ときっぱり答えた。
それでも悪化する難病に、やがて医師は「これは不治の難病」と、さらに厳しい現実を告知したが、拓也君は臆することなく「そうですか。それなら、ぼくが治ったら、第1号ですね。ぼくが治ったら、同じ難病の人たちの、希望になりますね」と、はきはきと話した。
やがて玉川峡(紀伊丹生川)で遊んだ際、何かで落ち込んでいた友達に、拓也君は「落ち込むな、人は何か仕事があるから、生まれてくるんや」と激励し、「ぼくも頑張る」と言い放った。その日、帰る途中、再び病苦が襲ってきて、東京の病院で、16歳の生涯を閉じた、と、佐藤さんは辛い胸のうちを語った。
「それでも、拓也は最後に〝ありがとう〟の言葉を残してくれました。誰かの役に立とうと難病と闘ってくれました。皆さん、このふるさと橋本で、親兄弟、友達、先生…を大切に。しっかり夢を持ってくださいね」と締めくくった。
生徒たちは、全員、感謝の拍手を送り、北浦健司校長は「とても言葉には…。ただ、生徒たちには、拓也君のように、夢を持ってほしい」と述べた。
写真(上)は着物姿で講演する佐藤さん。写真(中)は佐藤さんの講演を真剣に聴く橋本高校一年生の生徒たち。写真(下)は橋本高校体育館で講演する佐藤さん。

更新日:2013年10月17日 木曜日 21:58

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