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口筆書画・順教尼をマンガ化~「協賛」呼びかけ

    口筆で書画を究めた在りし日の大石順教尼
    口筆で書画を究めた在りし日の大石順教尼
    口筆で書画を究めた在りし日の大石順教尼
    大石順教尼と典子さん(右は順教尼の歌)
    順教尼のマンガ発行で協力を呼びかけるチラシ
    順教尼のマンガ発行で協力を呼びかけるチラシ

両腕のないハンディを克服し、口に筆をくわえて書画を表し、〝身体障がい者の母〟と呼ばれる大石順教尼(本名=よね=1888~1968年)の生涯を描いた漫画「祖母(ばば)さまのお手は だるまのお手て」が、京都精華大学事業推進室「大石順教尼かなりや会」マンガ制作委員会によって制作されることになった。来年4月21日に発行の予定。和歌山県九度山町九度山1327の「大石順教尼記念館」(旧萱野家)の萱野正巳館長は「子供たちに順教尼の素晴らしさを知ってもらおうと企画しました。マンガ制作に協力してください」と呼びかけている。
順教尼は大阪・道頓堀で生まれ、17才の時、養父の狂乱により、両腕を切り落とされた。ある日、カナリアがくちばしでヒナにえさを与えている姿を見て、「両手がなくてもできる」と発心し、口筆で絵画、書の道を志した。
1933年に萱野館長の祖父、萱野正之助・タツ夫妻が菩提親となり、高野山で出家得度した順教尼は、しばしば萱野家に逗留(とうりゅう)。55年に口筆「般若心経」の写経が日展書道部に入選、62年には東アジアで初の世界身体障害者芸術家協会会員の認証を受けるなど、京都・山科の可笑庵で80歳の生涯を閉じるまで、書画の道を究め、身体障がい者の社会復帰事業に尽くした。
順教尼は世話になった萱野家に、数多くの書画を残し、昨年1月、萱野家は「大石順教尼の館」として開館。順教尼が残した書画や、生前愛した食器、書籍などを展示。また、館内には、順教尼の生涯を綴った手記「無手の法悦(むてのしあわせ)」(春秋社、306ページ)を置き、スクリーンでは書画に挑む順教尼の姿などの映像を映し出して、萱野館長が丁寧に説明している。
館内には、順教尼が孫娘・典子さんのことを詠んだ「祖母様はだるまのお手々神様に一つ貰えと初孫はいう」という短歌や、順教尼が孫娘からお茶など介助してもらっている写真が飾られている。今回の漫画のタイトル「祖母さまのお手てはだるまのお手て」は、その歌から引用したという。
漫画は「無手の法悦」を基にしたストーリーで、濱田麻衣子さんが作画。大石順教尼かなりや会が発行、京都精華大学・身体障害者いこいの家(大本山勧修寺境内)・旧萱野家保存会が協力する。順教尼が31年に障害者修養施設を設立してから80年目の節目に発行することにしたという。大石順教尼かなりや会は、漫画発行の協賛金を募集しており、「出版協賛金は1口1000円で、3口以上の協賛者には漫画完成後、一冊をお送りします」としている。
萱野館長は「当館を訪れる人たちは、全員、順教尼の作品に心打たれます。東日本大震災の被災者が訪れると、両腕を失くした順教尼が、命がけで描いた書画を見て、涙していますし、芸術を愛する人たちは、順教尼が語りかけてくるようだと言います」と説明。「また、この古い書院造の建物や、石灯籠のある庭と、順教尼の作品がみごとに調和していると評価してくれます」と語った。
入館は無料。開館時間は午前10~午後4時半。休館は毎週月、火曜日(祝日は開館)。同館(電話&ファックス=0736・54・2411)

更新日:2011年7月17日 日曜日 22:35

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